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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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15 たどり着いた探し物ですが


「わ……っ」


 私は思わず目を閉じた。眩しい。今まで真っ暗な場所にいたのにどうして此処だけ眩しいのか。セシルと繋いでいない方の手で目元に影を作り、恐る恐る目を開ける。他の皆もあまり変わらなかったようで、同じようにして手をかざしていた。


「此処だけ外に繋がってる……?」


 部屋は外からの光が差し込んでいるようだった。水面がゆらゆらと揺れる反射が映り込んでいる。まるで穏やかで、魔女の棲家だということを忘れてしまいそうだ。


「あ!」


 私は探していた物を見つけて声をあげる。窓近くにあるロディの杖。外から見たのはこの部屋だったのだ。私の声にセシルやリアムも解ったようだ。ピエールはまだ目を瞬いている。急な変化だったから目を痛めたのかもしれない。大丈夫かと尋ねれば問題ないと返ってきた。


「使い魔の気配はない。多分、入って大丈夫だよ、お姉さん」


 セシルに促され、私は部屋へ一歩足を踏み入れた。穏やかな部屋は空気の泡が上へ昇っていく音が聞こえるほど静かだ。ロディの杖のところまで進んだ私はそっと手を伸ばす。大きな宝石の嵌められたロディの杖は微動だにせずに窓辺に放置されていた。他のガラクタと同じように、無造作に。魔女にはこの魔法の杖は価値のないものと見えたのだろうか。魔女にとって、魔術師の杖というものはそう価値を見出せないのかもしれない。海の魔女には宝石など要らないのかもしれないから。


「お姉さん、ロディの杖で間違いない?」


 セシルに問われ、私は躊躇いながら頷いた。ロディの杖によく似ている。同じものだと思う、けれど何を持ってそうと断定するかはきっとロディでなければ分からないからはっきりとしたことは言えなかった。


「そう見えるわ」


 この杖をロディに返してあげたい。ロディに時間は残されているだろうか。私たちに残された時間は。


「窓の辺りに苔がくっついてたりしないかしら──」


 地面に生えるものだという光る苔を探して私は窓から身を乗り出して覗き込む。窓から出てしまう方法もあるだろうけれど、暗い部屋にいる蛸人間がロディかどうかを確かめていない。一度出て再び戻って来られるかも分からないから、苔を見つけないとと思っていた。窓の下を覗き込んだ私の目と、それの目が合うなんて可能性はひとつも考えていなかった。


「──!」


 咄嗟に身を引いた私の鼻先をそれは悠々と掠めていった。部屋に影が落ちる。大きなヒレを広げ、上へ向かって泳いでいく。三角の頭をしたそれの体は平たく、体は外套を広げたかのようだ。尾びれはすぼみ、長い尾が鉤針のように長く伸びていた。魚とは違う。人を、あるいは人魚を、とにかく他生物を襲う魔物と直感する。それが窓の外を通った時、ぎょろりとした大きな目玉が私を捉えた気がして背筋を悪寒が走っていった。


「きゃ……っ!」


 杖を引っ張られ、私は抵抗する。絶対に離さない、と決意したせいか体が浮いた。それの腹部から腕のようなものが伸びてロディの杖を掴んでいるのが見えてぞっとする。しなびた、老人のように痩せた細い腕なのに物凄い力だ。


「放して!」


 抵抗する私の体ごと、それは杖を掴んだまま浮上する。体が引っ張られて私は窓の外へ連れ出された。慌てたセシルやピエールの顔が見える。でも伸ばしてくれた手は届かず、私は魔女の棲家から飛び出した。窓の下にはもう一体、別の個体がいて急上昇する。水を切ったヒレは鋭く、刃物のように見えた。


「──おい、何処に行くんだ」


 黒刃の剣を抜いたリアムが窓枠に足をかけて躊躇なく飛び出す。丁度二体目の魔物を踏みつけ、更にそれを足場に跳躍した。水の中だというのにリアムの動作は全く抵抗を受けているように見えない。まるで陸のように自由に動いている。


「リアム!」


 驚いて名前を呼ぶ私を見てリアムは宵のような目を細めた。余裕に笑んだリアムが剣を払い、私は無意識に首を竦めて引っ込める。リアムの剣が頭上で振るわれたのが水の流れで判った。苦悶の声をあげた魔物が腕を放し、私は解放され慌てて脚を動かした。


 水を掻いて魔物から距離を取る。二体目の魔物がリアムに向かい、リアムはそれも難なく斬り払う。水の中とは思えない動きと切れ味に、魔物は真っ二つになって絶命していった。


「ありがとう、リアム」


「見掛け倒しの魔物だったな。あんたは守りたいものを守れたのか?」


 剣を鞘に収めるリアムに問われて、私はロディの杖を握り直す。しっかりと頷けば、そうか、とリアムはあまり興味がなさそうに答えて周囲を見回した。


「あの二体だけだと思うか? 何故魔女の領域にいる。争いは起きないんじゃなかったのか」


 リアムの疑念は尤もで、私は考えを巡らせた。魔女の領域の中で諍いを起こしても咎められないとするなら、あれがきっと。


「あれが魔女の使い魔、なんだと思うわ。あの魔物と対峙して剣を振ったあなたもお咎めなしなんだもの。それと」


 ──魔女に敵と見做されなければ争いは発生しない。


 此処へ到着してすぐに聞いたピエールの説明を思い出す。


「あれが戯れなのかどうか分からないけれど、私は明確な意志を持って向かってきたと感じたの。あなたが剣を振っても怯まなかったし、もし、襲ってきたんだとしたら。私たちは魔女に敵と見做された可能性があるわ」


「あぁ、魔物も殺気を出していたからな。大して強いわけじゃないが、数がいるなら厄介だ」


 リアムに肯定されて私はハッとする。セシルとピエールの方にも使い魔が襲い掛かっている可能性がある。慌てて建物の方を見た私は目を擦った。建物が歪んでいる。陽炎のようにゆらめいて、水の中で像が上手く結べないでいる時のようにぼやけていた。


「その辺に光る苔とやらはないのか。戻るぞ。あっちは人魚に未熟な召喚士だ。暗闇で目が見えても召喚士の方が対応できなきゃ苦戦を強いられる。あの規模の召喚獣じゃかなり疲弊するだろうし、あんたがいないと集中できないだろ」


 リアムから見たセシルってそういう風なの、と思うけれど私を守ると気を張ってくれていたセシルだ。仕方がないとはいえこうして離れてしまったことは心配をかけているだろう。加えて一旦外へ出てしまうと魔女の魔法のせいなのか棲家の輪郭を上手く捉えられなくなる。二人からも私たちが見えていない可能性はあるから、早く戻らなくては。


 でもあの暗い棲家をピエールなしで進むためには灯りが必要だ。私は苔を探して周囲を見回したのだった。



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