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2 冒険者さんたちがやってきましたが


「やぁ、これは綺麗な娘さんだ」


 翌日、三軒隣の奥さんに頼まれてまた森で薪にする枝を拾っていた私の前に、爽やかな笑顔を浮かべた青年がひょこりと現れた。それまで気持ち良く歌っていた私は木々の間から現れた青年に驚いて、思わず歌うのをやめた。


 昨日といい今日といい、連続して旅人に会うなんて珍しい。


「天使の歌声とはこのことかぁ」


 のほほんと笑う青年の後ろから人の話し声と足音が追ってきた。


「ちょっとモーブ! ひとりで勝手に行かないでよ!」


 赤毛の気が強そうな表情の女性が目を吊り上げ声を荒げて現れる。日に焼けた肌が健康的で背中から見える剣の柄が木漏れ日にきらりと光った。


「モーブは自由だからなぁ」


 次いで杖を持った背の高い青年がやれやれといった様子でその後ろからやってきて、私を見ておやと目を細めた。昨日の青年と同様、村にはいない整った顔立ちの青年に私は目を瞠る。


「笑止。ロディに言われたくはない」


 美しい黒髪を頭の天辺で一括りにした小柄な少女がその後ろからやってくる。鋭い眼差しが私を捉え、警戒したように眉根を寄せるのが見えた。


「何だ止まるな。よしよしどうどう」


 男の人の声だけ聞こえた。馬がブルルルと鼻を鳴らす音もすぐ後に続く。行商人が護衛として剣士を雇うことも珍しくはないだろうけど、今まで見た行商人とは違った。冒険者一行もこのご時世では珍しいことではない。でも、この村の近くを通るのは珍しい。私が物心ついた頃に一度だけ冒険者のパーティが訪れたことがある程度だ。観光資源も何もない、自給自足で生きる山村に訪れる人はそういない。


 それなのに昨日から連続して旅人に会うとは。どこか近隣で魔物の討伐依頼でも出ているのかもしれない。


「やぁやぁ、大勢で驚かせてしまったかな。道なりに進んできたら綺麗な歌声が聴こえたものだから」


 最初に出会った青年がにっこりと笑う。人好きのする優しい笑顔だ。私も笑顔を返した。


「滅多に人が来ない場所だから驚きました。冒険者さまかしら」


 小柄な少女がピクリと反応したように見えたけれど、青年は構わずにそうだよと肯定した。


「人里が近いのかな、この辺は魔物が少ないね。でもキミひとりだと危ないんじゃないかな」


 心配そうに言われて私は思わず笑ってしまった。十八年も慣れ親しんだこの村で、魔物が近づいてきたことはあっても襲われたことはなかった。でも村の外は確かに魔物の領域ではあるし、冒険者さんには村の外というだけで、そして武装もしていない村娘がぽつんといるだけで充分心配なのだろう。


「ごめんなさい、他意はないんです。この村は女神さまが守ってくれてるって司祭さまが言ってるのできっとそのおかげなんだと思います。私にとっては魔物よりも流行り病の方が恐ろしくて……」


 脳裏に両親の最期がよぎって私は言葉を濁した。女神さまも病人を救ってはくれなかった。だけどそれは今は関係のないことだ。


 一瞬だけ目を伏せた私の思いを知る由もない冒険者さん達は困惑したように首を傾げた。


「十八年このビレ村で過ごしてるけど、魔物が襲ってきたことはないし、そんな話も聞いたことないですよ。だから冒険者さんも必要がなくて来ないんだと思うんですけどね」


 それに、と私は意図して笑顔をこぼす。村の人たちがこぞって褒めてくれる、特に両親が褒めてくれた笑顔だ。


「歌ってると森の動物たちの方が寄ってきてくれたりして密かに憩いの場でもあるんですよ」


 内緒話でもするように言えば青年は朗らかにはは、と笑った。


「うん、キミの歌声なら魔物も襲うのをやめるかもしれないね。ずっと聞いていたいと思う歌声だから」


 真正面から褒められて私は気恥ずかしい思いと喜びとではにかんだ。


 後ろから仲間に小突かれて、青年はそうだと話題を変えた。


「今夜は野宿しないで済むかなって思ったんだった。村に宿泊施設はあるかな。僕達ずっと歩き通しで」


「もしかしてあの山からこっちの山を越えてきたんですか? まぁそれは大変! 日用品を売りに来てくれる行商人の方だって毎回ひぃひぃ言ってるんですから」


 私が驚いてそう言うと冒険者さん達は一様に疲れたように笑った。よく見れば髪や服には木の葉や泥が跳ねている。


「それなら教会へどうぞ。司祭さまが前に巡礼の方を泊めていたからお部屋はあると思うんですけど。もし足りなければ我が家にもひと部屋空きがあるので遠慮なく仰ってくださいね」


 そう告げると彼らは安心したように頬を緩めた。魔物が出る道中、気を張っていたのだろう。安全な夜を提供できるならと私は申し出た。村はこっちです、と手で指し示す私に、青年が名前を尋ねた。


「私、ライラといいます。よろしくお願いしますね」


 村唯一の教会に彼らを案内すると、司祭さまはもじゃもじゃのひげを撫でながら快く迎え入れてくれた。ほっほといつも笑うけど、もじゃもじゃの眉毛で顔がよく見えないので本当に笑っているのか怪しいこともある。


「お部屋が足りなさそうだったら仰ってくださいね、司祭さま」


 そう声をかけた私に司祭さまは優しい声で大丈夫じゃよ、と返す。


「使ってない部屋は沢山あるからのう。ライラが手伝ってくれたので掃除もされておるし、不快な思いはさせないはずじゃ。今夜の夕食作りを手伝ってもらえたら嬉しいのじゃが」


 もちろん、と私は二つ返事で引き受けた。司祭さまにはとてもお世話になっている。矍鑠(かくしゃく)とはしているけれど、司祭さまもそれなりにお歳のはずだ。ひとり分の食事なら何とかなってもこれだけの人数分の食事を準備するのは大変だろう。


「ニーアおばさんのところに薪用の枝を届けてきたらすぐ戻りますね」


 頼まれていた薪を届け、冒険者の来訪を村に知らせてもらうよう頼み、私は教会へ戻った。司祭さまは村の人たちから分けてもらった食材を調理台に置いて悩んでいるようだった。


「私がやりますから。司祭さまは冒険者の皆さんがされるお祈りのためにも女神さまのお傍にいないと」


 厨房から司祭さまを追い出した私は、腕によりをかけて具だくさんの野菜スープを作り、司祭さまが冒険者さんのために奮発したのだろう干し肉とパンを切って食卓に並べた。冒険者さん達のお話を聞きたい気もするけど、ゆっくり休んでもらうために私は自分の家に帰る。


 両親が残してくれた家はひとりではがらんとしていて、あれからひと月も経とうというのに毎回もういないのだと思い知らされて帰るのが嫌になることも多い。けれど両親の思い出が残るこの家に帰りたいと望む自分もいる。


 家族三人で過ごすには少し狭いと感じたこともあったけど、両親がいる幸せは喪って初めて痛感した。喧嘩もしたけど私が外で歌っていればいつも褒めてくれた。吟遊詩人をしたこともある父に教えてもらった楽譜の読み方、音の取り方、感情の込め方に、踊り子として大きな劇場に立ったこともある母に教えてもらったステップの踏み方、視線の投げ方、魅惑的な姿勢の取り方。それらを夢中になって実践しながら、いつか両親に大きな舞台に立つ姿を見てもらえたらと思っていた。


 女神さまのご加護で魔物の被害や食糧難に遭ったことはなく、貧しさはあってもひもじさは感じたことなく過ごしてきた。けれど女神さまは、流行り病から私の両親を守るには手が足りなかったみたいだ。村人も何人か犠牲になってしまった。


 両親を思い出したいような、思い出したくないような気持ちに蓋をして、私は早めに就寝した。



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