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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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14 見えない人物ですが


「……! 誰かいるぞ!」


 探索を始めて七つ目の部屋を覗き込んだピエールが小声ながら鋭く叫んだ。私が思わず握り締めた手をセシルがそっと握り返してくれる。それでいてしっかりと意思を感じるから、私はひとつ深呼吸をして心を落ち着かせた。


「どんな様子?」


 セシルが冷静にピエールへ問う。見えるのはピエールだけだ。ピエールもひとつ息を吐いてから、端的に説明を始めた。


「遠いが人型をしている。尾があるかは分からん。頭は大きいな。何だあれは、蛸と人が混ざったような」


「蛸人間か。話はできそうか」


 リアムの問いに、分からん、とピエールは困惑したように答えた。


「ソファに横になっている……動かない。死んでいるのか?」


「近づいてみるか。向かってきても反応できるように銛は構えておけよ」


「言われずとも」


 水が動く音と流れを感じた。ピエールが中へ入ったのだろう。見えない私たちはその場から動けない。魔女の部屋にあった灯りでもあれば違うのだろうけど、と私は思う。でもあれは自分の居場所を教えることにもなる。良いことばかりでもない。


「どうだ」


 リアムが部屋に向かって問いかけた。ピエールからの返答はない。不安になって私は息を吐いた。こんなところでピエールが声もなく襲われていたら助けられない。それどころか行くも戻るも困難を極める。


「……人間だ。尾はない。頭を空気の膜で覆っている。これは魔法か? 貴様たちの探している人間か分からんが……」


 ひとまずピエールが反応を返してくれるから、私はほっと胸を撫で下ろした。


「ロディならそれくらいの魔法、使えてもおかしくないよね、お姉さん」


 セシルが私に確かめる。そうであってほしいと願うような声で、セシルもロディを心配していることが伝わってきた。


 けれどそれがロディかどうか、見えない私たちには分からない。どうしたら確かめられるだろうか。


「セシル、リアム、どちらかでもロディの魔力が判ったりしない? ロディはそういうのができるみたいだったけど、魔力がある人なら皆できるものなのかしら」


 明かりがない状態では目視でロディかどうかを確認することはできない。一縷の望みをかけて二人に尋ねたけれど、芳しい答えは返ってこなかった。


「魔術師の“適性”が天職ならそういうのも判るんだろうけど……僕には無理かな。リアムは?」


「オレもそういった類のことは苦手だ。探ることは探るが精度は高いとは言えないな。ちなみに其処にいるのがあの魔術師かどうかは何とも言えない。判らないと言って差し支えない」


「つまり僕もリアムも役立たず、と」


「そ、そんなこと思ってないわ!」


 慌てて否定する私を、良いんだよとセシルが苦笑した。僕の個人的な感想だからと。


「魔女の部屋で見たような灯りがあれば良いんだけど。水の中じゃ火も使えないし、他に灯りとなると思いつくものはないわ。ピエール、魔女の部屋で見たあの灯りが何か、あなたは知ってる?」


 私は部屋の中へ問いかけた。水が動く音がしてピエールの声が思いがけず近くで返ってくる。こちらへ戻ってきたようだ。


「あれは苔の一種だ。地面に生えるもので夜、暗くなればわずかな光を反射して光るようになる。とはいえこの棲家も地質的には地面と同じだ。探せばあるかもしれないが……」


「この廊下もまだ奥があるのよね。ほんの少しの灯りで良いの。顔が見える程度のもので。僅かな可能性だとしても此処で見えない相手を触るわけにもいかないし、空気の膜で顔を覆っているなら触らない方が良いと思うのよ。きっと呼吸するためのものなんだと思うから。私たちには灯りが必要だわ」


 奥まで行って、何も見つからなければ戻ってきて考えましょうと私は提案する。それだけの時間が残されているのかも正直に言って判らない。けれど此処で手をこまねいているよりずっと良いと思う。そうだな、と頷いたのはピエールだった。


「貴様らでなければ判らないのに貴様らは目が弱いときている。微かな灯りでもないよりは良いだろう。暗い海は恐ろしいものだからな」


 ふぅん、とセシルが面白そうに返し、賛成、と続けた。リアムも異論なしと意思表示をした。私たちは灯りを探すことを第一として、再び探索を開始する。


 廊下の左右にある部屋は基本的には横穴で、扉の類はついていない。けれど奥まったところに苔が生えている場合、部屋の広さから考えてその光が廊下まで届くことはないとピエールは言った。結局は一部屋ずつ覗き込むしかないようだ。


「魔女の部屋に扉があったのは何か意味があるのかしら」


 横穴の部屋に扉はないのに。倉庫のようなものとして使っているようだとピエールが言っていたことから、物置として使う場所に扉がなくても構わないのだろうかと私は考える。使い魔と自分しかいないような場所で、扉は確かに不要かもしれない。けれど取引に訪れる海の者たちがいるなら、気にならないだろうか。


 でも魔女の部屋へ訪れるまでは使い魔たちがいた。リアム曰く殺気を放っていたようだから、そういうものに敏感な生物は寄り道なんてしないだろう。この場所へ来ることだって本来ならないのかもしれない。それなら何故、私たちは許されたのだろう。何故、入れたのか。


「……呪術の一種だよ。扉は隔てるものだ。あちらとこちらを明確に分け隔て、開けるまでどの世界が広がっているか未確定になる。閉じることで魔力は循環する。魔女はきっとそうして自分の魔法を強めているんだ」


 セシルが零すように説明した。私が思わず手を握り直すと、そうアマンダが教えてくれた、と取り繕うように続ける。言葉で話した以上のことをセシルは知っているのだろうけれど、それを言葉にするには恐ろしくて、聞いてしまうには怖くて、私は思わず止めるつもりで手を握った。彼はそれを敏感に察したのだろうと思う。


「扉か。今まではなかったが、この部屋には扉がある。呪術とやらの一種だと思うか」


 ピエールの言葉に私たちは足を止めた。そうだろうね、とセシルがピエールに答える。


「何かあるよ。開ける時は気をつけて」


 リアムとピエールが前衛に出て私たちを退がらせ、そっと扉を押し開いた。



久々の更新となりました。何もお知らせせず申し訳ありません。

単純に毎日暑くて夏バテ気味なのと体調不良でよく夜眠れないのと仕事が多忙すぎて社畜を極めているせいかと思います…。

いや、土日休みなので極めるほど社畜ではないんですが、ちょっと最近いそがしい…。

涼しくなってくればまた元気に更新できるかな〜〜〜と思ってるんですが、どれかが落ち着くまでは不定期になるかもです。

とはいえ書きたいものは沢山あるので気長にお待ち頂けると嬉しいです!私が!

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