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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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13 暗い廊下ですが


「戻ってみるか?」


 リアムの冷静な声に私は内心の動揺を自覚し、深呼吸をひとつした。いや、とセシルがリアムに答える。


「この中は魔女の領域なんだ。道を変えるくらい造作もないことかもしれない。十中八九あの魔女の仕業なら、戻って訊いたら思う壺だ。また何か要求される」


「だが何かを求めてるなら出口には結局辿り着かないんじゃないのか」


 そうなんだよね、とセシルは弱ったように頷く。私はピエールがいる方を向いた。明かりのある場所から暗闇に戻ると余計に見えなくなった。 


「レティシアは二回も此処へ来たのよね。でも何事もなく帰してもらえたのかしら」


 一度でもこんな目に遭えば魔女のところへ行くのは躊躇いそうなものだし、誰かが行くのも止めようとするだろうと思って疑問を乗せれば、こんなことは聞いたことがないとピエールが答えてくれた。


「魔女と取引をして棲家から出るのに苦労したという話は聞いたことがない。領域から出て歌を紡ぐ前に人魚狩りに遭うことの方がよほど命に関わるからな。魔女は中立のはず。何故こんな」


 出したくない何かを私たちに感じた、ということなのだろうか。あの短いやり取りの中で一体、何を。


「取り敢えず探ってみるか。何かあるかもしれない」


「君のそういうところ、ある意味尊敬するよ」


 リアムの提案にセシルが呆れたような声で返す。此処で立ち止まっていてもどうにもならないというリアムの意見も一理あるとして、私たちは進む。とはいってもピエールの目が頼りだけれど。


「魔女の部屋へ向かう時に感じた殺気が遠いな。この辺には魔女の使い魔とやらはいないのか」


「そうだな。いない。見えないのに殺気で分かるのか。人間というのは皆こうなのか?」


 リアムの問いにピエールが感心したように答えた。違うよとセシルがすぐに否定する。リアムが特別なだけ、と。


「野生動物みたいな鋭さだ。ひとり旅をしていたから僕もそういうのには敏感な方だと思っていたけど、リアムはちょっと違うかな。まるでずっと戦場に身を置いていたみたいだ」


 セシルがそれをどんな表情や思惑で言ったのかは暗くて見えないから窺い知ることもできない。声は平坦で特別と言いつつありふれた出来事のように聞こえた。実際、用心棒のような仕事を受けながら旅をしていたなら戦場に身を置いていると言っても違いはないだろう。冒険者の“適性”があるならそれは別に不思議なことではない。殺気を感じ取れるようになることだってあるのかもしれない。


 そういえば、と私は思う。学園にいた頃からリアムとは同じ場所にいるけれど、呼ばれる声は聞こえないのだろうか。記憶は、保たれているのだろうか。今のところはロゴリの森で見たようなふらふらと彷徨い歩いて行ってしまうような様子はないけれど。


 でも学園で会った時には私のことをリアムは忘れていた。その症状には波があるのかもしれない。今は落ち着いていても、明日起きたら忘れてしまっている、ということもあるのだろうか。


 そのことを本人から聞いて知っているのはこの中で私だけだ。リアムの過去に触れるような話題だけれど助け舟を出してあげるには露骨になりすぎてしまう。何もできないことを少し心苦しく感じた。


「気づけば剣を振っていたからな。体が覚えているんだろう」


 リアムは何でもなさそうに答えた。事情を知っていても知らなくても通じる簡潔な答えだった。ふぅん、とセシルはそれ以上の追求はせずに話題を変える。自分の過去に話が及ぶと話しづらいと思うのはセシルも同じなのだろうと思い至って私は胸中複雑な思いがした。


「ねぇ、先はどうなってるの?」


 セシルがピエールに見えるものの説明を求める。暗い廊下が続いており、左右に部屋がある構造は此処へ来るまでとそう変わらないことをピエールが説明した。けれどその部屋それぞれにいた魔女の使い魔は此処にはおらず、静かだという。


「覗いてみたら何か見える? 何かある?」


 リアムが覗くだけと窺っただけでは何も起こらなかった。使い魔がいるかいないかは殺気で充分に判ったのかもしれないけれど、何があるかは見える者の目でなければ知りようもない。ピエールの説明では倉庫のような部屋が続いているようだった。


 もしかして、と私は期待する。外から見た部屋の並びなのではないか。ロディの杖がある部屋に辿り着くのではないかと。


「あの、もしかして、なんだけど」


 私は自分の期待をおずおずと口にした。可能性はある、とセシルが肯定してくれた。


「外から見た漂流物に欲しいものがあると言ったからね。わざとその場所へ誘導している可能性は充分にあると思う」


 セシルの示す可能性に私は思わず、え、と疑問の声をあげていた。どうした、とピエールが問う。それだと、と私は言いながら嫌な予感を胸に覚えた。


「何だか試されてる気がして……」


「……その懸念は正しいだろうな。何を欲しがり何に手を伸ばすのか、観察されていると考えた方が良い」


 今度はリアムが肯定し、ピエールが一瞬絶句した。


「人間というのはそういうものなのか」


「え?」


「何を根拠にそう考える」


 根拠、と私は自分の内側に答えを求めた。私はセシルやリアムほど旅が長いわけでも経験が豊富なわけでもない。危機に瀕したことは何度もあるけれど、その経験からと言えるようなものでもない。だからこれは。


「えっと、直感……?」


 そう思ったとしか答えられないことを言葉にして確かめれば、ピエールからは驚愕した声が返ってきたけれど、セシルもリアムも同じ答えだったから余計に驚かれた。し、私も驚いた。


「元来た道じゃなくてわざわざ違う道に出したんだ。何かあるとは君だって思うだろうけど、推測と言えるほどのものじゃない。うん、だから、これは勘に近いね」


「無意識にでも情報は拾っているものだからな。真っ先に思いつく可能性は自分が持っている情報から導き出されるものだ。ただ、理屈じゃない。それだけだ」


 二人ともそれぞれで説明してくれたけれど、根拠と呼ぶに足るものはない、だから直感と呼ぶしかない、というものだった。解らん、とピエールは正直に零し、セシルが苦笑した。


「解らなくて良いよ。僕らはきっと違う生き物だから。でも知ろうとしてくれたことは歩み寄りと受け取って良いのかな」


 ぐ、とピエールはまた言葉に詰まった。海の中にいない私たちとおよそ出会うことなどなかった人魚の青年は、まぁ、と咳払いをするように言葉を続ける。


「貴様たちに限った話でしかないがな」


 それでもそれは私にとって嬉しい言葉で、私の頬は思わず綻んだのだった。



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