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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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10 作戦立てですが


「──!」


「待って、お姉さん、待って!」


 ロディの杖と思しきものを認識した途端、私は自分でも思いがけずすぐに向かおうとしていた。それをセシルに押さえられる。


「魔女の棲家に近すぎる! ピエール、例えばあれを引っこ抜いたらどうなるの」


「あ、あれは……微妙だ。魔女のものと捉えられるかどうか。外から眺めるだけなら問題ないとは思うが」


「じゃあ見るだけ。お姉さん、見るだけだからね」


 セシルに腕をがっちりと掴まれて言い聞かされ、私は頷いた。重たい水を掻いて進む。四人で近づいて、周囲を警戒しながら杖を覗き込んだ。赤にも青にも見える宝石が嵌め込まれた杖は、ロディのものに見えた。ということは、ロディも近くにいるのではないか。薄暗い穴の中を顔を突っ込まない程度に覗き込んでみたけれど、奥までは見通せない。中がどんな風になっているかも分からないくらいだ。


「ロディの杖に見えるわ。魔力は私には分からないけど、二人とも、どう?」


 恐る恐るセシルとリアムの二人に尋ね、私は二人の表情を窺った。杖に魔力が残っている可能性があり、それがロディの魔力だと二人が自信を持って言えるならこれはロディの杖ということになる。残った魔力が誰のものか分かるのかどうか、私はよく知らない。でもロディは髪飾りに込められたリアムの魔力を知らない魔力だと言ったから、できる人はできるのだろうと思う。


「あの魔術師のもので間違いないと思うが」


「うん、僕もそう思う。これはロディの杖だよ。ってことは」


 この辺にロディがいるのか、それとも杖だけ流れ着いたのか。いずれにせよロディの痕跡が此処にはある。


「魔女が寝ているかどうかって、どう判断するの?」


 少なくともロディのものが此処にある以上、この杖は回収したいと私は思う。これだけしか持ち帰れないとしても、だ。絶対に持ち帰りたい。魔女から奪ってでも。


「棲家の上、筒があるだろう。あそこから輪が出ていなければ魔女は寝ている」


「輪?」


 私は棲家の上にあるという筒を見るために顔を上げた。岩壁の上、確かに筒状の物があるように見える。それはさながら陸の煙突だった。


「今は……出ていないわ」


「つまり、寝ているってことだな」


 行くか、とリアムが私を見る。私が頷く前に、待って、とセシルが止めた。


「よく知らない場所に水の中という制限を受けている状態で突っ込まない方が良いと思う。それに此処、魔女の領域だ。ピエール、さっき気になることを言ったよね。『領域内で使う魔法の威力が最大であるために、与える薬が領域外でも効力を発揮するように、そういう制約をかけている』って。それって、魔女の領域内で戦闘になったら分が悪いってことでしょ」


 セシルが視線を向ければピエールは頷いた。だから魔物もこの中では人魚を狩らない。人魚は襲われる心配がなければ歌を歌う必要がない。そういう風にできてるんだよ、とセシルは言う。


「魔女の領域内において一番上に立つのは魔女だ。だから寝ている間なら不意をつけるなんてことになる。寝ている間は魔法が希薄になるのか? それなら此処ら一帯が魔女の領域でなくなってもおかしくない。それとも棲家の中だけに範囲を狭めて眠る? そういったことも考えられる。それが何を意味するのか、考えないと……」


「考えている時間はあるのか?」


「解ってるよ。お姉さんの焦りも理解できるし、薬の効果が切れるんじゃないかって思って急ぎたいリアムの気持ちも解る。でもそれで焦って下手を踏んだら意味がない」


 セシルの言うことも尤もだと思うから、私は自分の感情をグッと堪える。分かったわ、とセシルに頷いて考えましょうと時間を設けることにした。


「そもそもピエール、その情報はどれだけ信頼できるものなの。魔女の棲家に入って出てくる人魚はいるんだろう。レティシアのようにね。でも敵にも味方にもしたくない相手で、此処へ出入りするところを見られたら死活問題。そんな場所へ人魚が何度も来るとは思えない。魔女が寝ている間なら周囲の物を持ち出しても大丈夫、魔女が寝ているかどうかは棲家の上の筒で判断する……誰が言い出したこと?」


 情報の出どころから疑うのはセシルならではだと思って私はピエールが気を悪くしないようにと願った。色々な場所を渡り歩き、色々な人を見てきたセシルだから疑問を抱く。その前提が間違えていた場合、それを土台にして立てた作戦には穴が開くからだ。慣れない場所であるからこそ、慣れている人物からの情報はありがたい。けれどその信憑生は疑ってかかるべきだ。人物への信頼と情報の信頼は比例しない。誤った情報をその人物が信じ込んでしまっていることも有り得るから。


「昔から言われていることだ。オレはよく知らん。だが多くの人魚がその情報を信じて今まで魔女のところへは訪れているはず。レティシアもな」


 自分が魔女のところへ行くにあたり、レティシアは何も言わなかった。私たちがいざ海へ行こうというところでは声を失っていて言いたくても言えなかっただろうけれど、伝えようとすれば彼女はどうにかして伝えようとするだろう。魔女のところへ行くとは考えなかった可能性もある。だとしても要注意人物なら魔女をもっと怖いもののように言うはずだ、と思う。でもそうは言わなかった。


 レティシアにとって魔女は怖い人物ではないのだろうか。


「それなら信じよう。ピエールとレティシア、君たち人魚を信じる。眠っている間になら魔女の物を奪っても良い……魔女の制約……どう考えても棲家にいるんだからその棲家を魔法の範囲から外すとは思えない。それならやっぱり、無策で飛び込んでいくのはダメだ。少なくとも中のことは知らないと」


「ならどうする」


 考えることを任せた様子のリアムに問われ、セシルはにっこりと笑った。天使のような笑顔の裏に作戦が潜んでいるのを私は感じる。


「正面から行くんだよ。魔女のお客さんとしてね」



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