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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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9 辿り着いた先ですが


 ピエールと声を重ねながら私は泳ぐ。レティシアと歌った時とは違って支えがあるように感じて、また違った歌いやすさがあった。レティシアとは馴染むように声を重ねたけれど、ピエールは私を支えてくれる。深い声は心地良く、ゆらゆらと揺れる水面のようだ。


 魔物との遭遇は、正確に言えばあったけれどどの魔物も眠りこけていて安全に進むことができた。リアムが剣を振るうようなことが起きなくて良かったと思う。とはいえリアムもセシルも警戒は全く解いておらず、油断なく辺りを探っていた。人魚の歌が聞こえない魔物がいるかもしれないとは私も考えつく脅威だから、二人が警戒してくれるのはありがたい。


「此処だ」


 歌の合間にピエールが言う。私は歌い続けながら頷いた。


 海底へ差し込む光でキラキラと反射しているのは、巨大な建物に見えた。海の底でこんなものを建てたのだろうかと思うけれど、よく見れば大きな岩肌に穴がいくつも空いて建物のように見えるだけだと気づく。穴の奥までは暗くてよく見えない。何かが潜んでいても分からないだろう。


 窪んだ場所でそれは岸壁のようにそそりたち、周囲には大きな木片や衣類、船の残骸と思しきものまで散乱している。海流の関係で色々なものが流れ着くとピエールが説明してくれたことを目の当たりにして私は納得した。まだ遠くてよく見えないけれど、衣類を身につけたままのものもあるように思う。それがどうかロディではありませんように、と私は願った。


「降りないと見えないな。ひとまず周囲を見たい」


 リアムが冷静にそう告げるのを聞いて、そうだね、とセシルが頷いた。それから不安そうに私を向いて、大丈夫? と心配そうな声でセシルは尋ねた。


「僕もこんなこと言いたくはないけど……環境が違いすぎる。此処にいるかも分からないけど、でもお姉さんも探しに行くでしょう? ロディがどうなっているか、僕にも想像がつかない」


 遠目にも見えるものに衣類があるからセシルは気にしてくれているのだろう。でも私も此処まで来て皆が探してくれるのを待っているつもりはない。私は緊張する頬を何とか上げて微笑んだ。


「大丈夫よ。この海にロディがいるなら、連れて帰らなくちゃ」


 それがどんな姿であっても。だけどそんなこと言いたくはないからその先の言葉は飲み込んだ。セシルも私の気持ちを汲んでくれたのか、うん、と頷いた。金の髪が動きに合わせて上下にゆらりと振れた。


「それじゃぁ」


 セシルが右手を差し出す。私は一瞬キョトンとしたけれど、その手を掴んで一緒に泳いだ。


「ねぇ、ピエール。此処、あまり良くないものが棲んでるんじゃない?」


 少し進んだ先で様子を窺っていたリアムとピエールのところへ向かい、セシルが着くなりピエールに問いかける。あぁ、とピエールは頷いた。この先は歌うな、というのがピエールの指示で私もピエールも歌ってはいなかった。


「この先は、魔女の棲家だ」


「魔女の……?」


 水の中でも呼吸ができる薬をくれた魔女だろうか。レティシアが会いに行った。レティシアが人間になる薬をくれた。それなら悪いものではないのではないかと私は思ったけれど、ピエールの真剣な表情からはそうは思っていないことが伝わってくる。


「魔女は中立だ。魔物とも取引をする。それに魔女自身も強力な魔法を使う……敵にも味方にもしたくない人物だ」


 それでも人魚を人間にする薬を作ることができるのは魔女だけだから、陸に上がりたい人魚は魔女を頼る外ない。ピエールはそう教えてくれた。ジョエルの母であるアデリーヌもかつて同様に頼ったのだろう。


「基本的に魔女は自分からは動かない。だが流れ着いたものを自分のものだと思っている節はあるから何か欲しいものがあれば魔女が寝ている間に奪いに行くしかないんだ。回収されていないものなら可能性はある」


 そんな場所にレティシアは二度も訪れたのか、と思って私は胸が痛んだ。


「此処から先は魔女の領域内だ。魔女に敵と見做されなければ争いは発生しない。従って人魚の歌も禁止。魔物側の人魚の狩も禁止。出るまでは何もない。行くぞ」


 ピエールが尾びれを動かして進んだ。リアムも続く。私はセシルと握った手に力を込めて二人の後に続いた。


 海底とはいえ陽の光が届く此処は明るいし、ガラクタばかり流れ着いてはいるものの美しい光景だった。ゆらゆらと水面が反射して岩壁に光の模様を作る。私たち以外に魔女の領域を訪れている存在はいないようで水を掻く音もしない。静かだった。


 私たちは漂流物を見ながら周囲をぐるりと回る。衣服を着たままの人骨が宝箱に腕を挟まれている様子を見た時は流石に息を呑んだけれど、ロディじゃないよ、とセシルに囁かれて平静を取り戻した。


「レティシアも此処へ来たならロディを探したと思うけど、どう」


 セシルがピエールへ尋ねる。そうだな、とピエールは考える素振りを見せた。


「出入り口の周囲を見るくらいはしただろうが、全部を見る余裕はなかっただろうな。人魚にとって魔女の棲家への出入りを見られるのは死活問題だ。響いていた人魚の歌が途切れ、此処にいることが他の魔物の知るところとなれば領域外へ出るのを待ち伏せされる。出てすぐに紡いだ歌に効果はない。歌う前に襲われればひとたまりもないからな」


 出るまでは何もない、と言ったピエールの言葉の意味をようやく知って私はまた胸が痛くなった。レティシアは帰りは声を失い歌うこともできなくなっていたから、怖かっただろうと私は思う。其処までしてくれた彼女に何かできることがあれば良いのだけど。


「流れ着いたものを魔女が気に入って回収したら、それはもう魔女のものになるのか?」


 今度はリアムがピエールへ問いを投げかける。そうだな、とピエールは頷いた。


「奪うのはかなり骨が折れる。とはいえ同じだ。寝ている間に持ち出せば魔女は領域外までは出てこない。そういう制約だ」


「制約?」


「領域内で使う魔法の威力が最大であるために、与える薬が領域外でも効力を発揮するように、そういう制約をかけていると聞いたことがある。過去には魔女の棲家から、中から宝物を持ち出したという武勇が残っている。本当かどうかは知らんがな」


 そうか、とリアムは答える。


「ところであそこに引っ掛かっている杖はあの魔術師のものに似ていると思うが、あんたはどう思う」


 問いかけの先がピエールから私に移る。リアムの指先を追った私は、穴の空いた窓のひとつに確かにロディのものと思しき杖が引っかかっているのを見つけたのだった。



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