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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
8章 慟哭の泡
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4 救出メンバーの選出ですが


「レティシアが、自分を犠牲にして魔女の薬を手に入れてきた……?」


 レティシアに抱きついて泣いている私の代わりにセシルが掻い摘んで事情を説明してくれた。馬鹿な子だね、とラスは息を吐き、私ごとレティシアを抱きしめる。ラスの温かさに私はまた涙が止まらなくなった。


「ライラ、レティシアが此処までしてくれたんだ。泣いてる場合じゃないよ。ロディを助けに行こう」


「うん……うん……っ」


 私の気持ちごと包んでもらって、叱咤されて、私は頷いて手の甲で涙を拭った。レティシアが寂しそうに微笑んでいる。その顔を見ていたらまた涙が滲みそうになったけど、意識して頬を上げた。私の表情を見てレティシアが嬉しそうに息を零す。


「とは言ったものの、魔女の薬は三人分。誰が行くかだけど」


 ラスが気を取り直すようにして私たちから離れると全員を見回して切り出した。セシルとリアム、駆けつけたジョエルとヴィクトルがお互いに顔を見合わせた。


「この薬を飲んでロディを助けに行くってことは水の中に飛び込むってことだよ。あたしは勿論行くつもりでいるけど……水の中で振り回す剣はどれだけ役に立つか」


 水の中の抵抗は結構強い。夏の暑い日にはヴィレ村の泉に飛び込んで水遊びをしていたこともあるから私も知っている。セシルを引っ張り上げるために泳いだウルスリーの湖でもそうだ。陸の上のようには動けない。それは剣士であるリアムも同様だ。そもそもリアムは雇用主が同じなだけで一緒に旅をしてきた仲間というわけではない。ロディを助けに行く義理もないと言えばない。


「お姉さんは決まりでしょ。人魚の歌がなければ海の魔物がどんどん襲ってくる。お姉さんには歌ってもらわないとならない」


 セシルが口を出した。私は驚いたものの、セシルの理屈も理解はできる。けれど私には魔力がない。いくら人魚の歌とは言っても何処まで効果があるかは疑問だ。


「でも私、魔力がないのよ。さっきはレティシアの声が一緒だったから何とかなっただけで」


 私の歌にどれだけの効果があっただろう。お守り程度のものでも、元はレティシアの歌声から続いていたものかもしれないのに。


「そんな私に大切な薬を使うのは……」


 意味のないことでは、と言いかけた私の腕をレティシアがぐっと引っ張った。驚いてレティシアを振り返る私の目に、何かを伝えようと真剣な表情を浮かべたレティシアの顔が入った。眉根を寄せて口をぱくぱく動かしながら頭を横に振っている。何を言っているかは判らないけれど、私の発言を否定しようとしていることは分かった。


「レティシアはそうは思ってないみたいだけど?」


 ラスが苦笑するように私に言った。


「人魚のお墨付きだよ。自信を持ちな」


 ラスの顔とレティシアの顔とを交互に見比べて、私は頷いた。レティシアが嬉しそうに尾びれで水を打つ。ぱしゃ、と冷たい海水が陽の光に弾けた。


「ぼくも、連れて行ってくれないか」


 ジョエルが思い切ったように口を開いて驚いた目が一斉にジョエルへ向いた。ヴィクトルも予想していなかったのか、目を丸くしてジョエルを見ている。何を言っているのか、とさえヴィクトルは口にできない様子だった。


「彼が連れ去られたのはぼくを助けようとしたからだ。あの波は多分ぼくを狙っていた。冒険者であるきみたち程ではないにしろ、ぼくだって剣技は習っているし一通りのことはできるつもりだ。海での闘い方だって一応は知っている。それに交渉材料になるはずだ。本来欲しかったのはぼくなんだから」


「ジョエル様」


 ヴィクトルが留めようとしたのをジョエルが制した。


「ぼくの我儘で連れてきたんだ。ぼくのせいで彼に危険が及ぶなんて、ぼくは望まない。それならぼくが助けに行くべきだろう」


 ジョエルの必死の訴えを退けられるわけがない。それでも、ダメだよ、と答えた声がある。セシルだった。


「お姉さんは人魚の歌を歌うんだ。眠りの歌。さっきまで王子は眠っていたように僕には見えたけど?」


 連れてはいけない、とセシルが断る。ぐ、とジョエルは唇を噛んだ。


「耳栓をするとか……」


「そんなことで防げるなら海の魔物も馬鹿じゃない。手がある姿形をしているなら耳を塞ぐくらいしてるよ。それに陸でも対処法が伝わっていないとおかしい。それがないってことは、避けられないってことだよ。人魚の歌を防ぐ手立てはない。聞こえるならね」


 魔物使いの“適性”がなければ。そうなると、海へ行く人選は限られてくるのも事実だ。私はそっとセシルとリアムを見た。セシルは私の視線に気づいて微笑んだ。陽の光に煌めく金の髪がさらりと流れる。相変わらず天使のように笑う子だ。


「僕は行くよ、お姉さん。絶対にお姉さんを守る。ロディのことはまぁ、そのついでに助けるよ。お姉さんが助けたいって言うなら」


 素直じゃない物言いなのか、本当にロディのことはついでくらいに思っていてもおかしくないと思っているせいか私は判断に困った。けれど来てくれると言うなら心強い。ありがとう、と私はお礼を言った。


「ジョエル様も、お気持ちはありがたく頂きます。けれど私の歌も万全ではありません。どの程度の効果があるか分かりませんから、此処の守りも疎かにはしないでください。ジョエル様はジョエル様にできることを、どうか」


 私がジョエルを向いて頼めば、視線を逸らしてジョエルは考え込む様子を見せた。けれどものの数秒で頭を掻き、分かった、とはっきりとした声で答える。


「ライラちゃんにそう言われたんじゃ仕方ない。ぼくはぼくにできることをしよう。代わりにリアム、頼まれてくれないか」


 今度は全員の目がリアムへ向かう。リアムは表情を変えず、予想していたかのようにそれが依頼ならと答えた。依頼だ、とジョエルは笑う。


「きみたちなら人魚の歌に耐性があるんだな? 彼をどうか、救い出してくれ。頼んだよ」


 ロディ救出のために魔女の薬を飲む人選が決まり、私たちは頷いたのだった。



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