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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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24 王妃の最期ですが


 亡くなった王妃のことは訊いても良いものか分からなくて触れなかった。生前どんな人だったのか、窺い知る欠片はいくつかあったけれど。だから王妃が二十年前の大厄災でどう亡くなったかは知らない。レティシアの様子から更に窺い知るものがあって私はごくりと喉を鳴らした。


「王妃様の最期は……どう……?」


 私は意を決してジョエルに尋ねた。誰からも訊きづらいことだと思うから、いずれ此処を発つ私がその責を負う。


 ジョエルは一瞬瞠目して私から目を逸らし、それでもすぐに視線を私へ戻した。揺らぐその目に私は胸を締め付けられる思いがした。


「……誰も知らない。海から来る魔物を鎮めるために海へ向かったのを見た者がいた、と聞いた。大厄災はそれで一応は止まったのだろうと言う者もいる」


 だから、とジョエルは目を伏せる。肩が震え、言葉が詰まった。思わず息をのむ私に、ヴィクトルが口を開いてジョエルの言葉を続けた。


「海から来る者が大厄災を運んだのでは、と心ないことを口にする者もいました。その姫であるアデリーヌ様を陸に迎えたがために、起きたのではないかと。勿論そんなことを言う者はこの国には残っていません。魔物におそれをなして出ていきました」


「──……」


 私は言葉を失う。王妃が海から来たがために大厄災は起き、海へ帰ったから終わったように見えたのかもしれない。人は弱いから、起きた出来事を何かのせいにしたがり、誰かのせいにしたがる。その槍玉に上がったのが、王家、なのだとしたら。


 役立たずの王と無能の王子。ジョエルがそう王家を表現したことを思い出す。人からの評価。此処に留まる者は、少なくとも兵として国に尽くす人がそんな風に思っている様子はなかった。でも出て行った民は、動くに動けない民は、そう見ているのかもしれない。


「……あぁ、でもこれは、母上のものか」


 ジョエルがつんのめりながらも足を出して部屋に入ってきた。レティシアの前に落ちている二枚貝の小物入れを拾うために屈み、耐えられなかったように膝をつく。ジョエルの黒い目からポロポロと涙が零れた。透明で、幼い子どもの涙みたいなそれは、つい先ほどまでレティシアが見せたものによく似ている。


「何もなかったんだ。ぼくは母上の声も知らない。あの肖像画しかなくて、だから例えこれでも、母上のものなら」


 嬉しいなぁ、とジョエルは笑った。レティシアが息を呑んで、その目にまた涙が滲む。零れ落ちてもそれは先ほどのように浮いたりはしなかった。


「陸に帰ってきたんだ。おかえり、母上」


 大切そうに両手で小物入れを包み、抱き込むように胸に寄せてジョエルは囁いた。その言葉を聞いたのは私とレティシアだけだろう。私の胸にも迫るものがあって、息が詰まった。レティシアは更に肩を震わせ、嗚咽を漏らしている。二人の涙があまりに綺麗で、私は見惚れていた。


「……レティシア嬢、これが今のセシーマリブリンだ。君が憧れてくれるような煌びやかな場所じゃない。王家の人気はないし、海からくる者の印象はあまり良くない。それでもぼくは荒れている海を落ち着かせて、また海からくる者に訪れてほしいと思っている。大人のした約束なんて守る必要はないし、幻滅したならこの国のことなんて気にかけなくて良い。いつかまた来ても良いと思ってもらえるように頑張ってはいくけど、ぼくが生きているうちは難しいかもしれない」


 ジョエルがレティシアを真っ直ぐに見つめてそう口にした。レティシアは涙に濡れた瞳を上げてジョエルを見つめ返している。


「次代に託せるかも判らない。この国が続いていくかも判らない。君がヒトの姿を手に入れて歩くのもままならないのに、頑張っているという話は聞いてる。それがもし、親の口約束だとか、自分で決めて来たからだとか、過去の言葉で引き返せないように感じているならそれは違う。君がこの国を見て、ぼくを見て、留まる価値がないと思ったなら遠慮なく帰って欲しい。君を縛らずに留まってもらえるほど魅力的な国じゃないけど、君を縛ってまで留まらせるつもりもないんだ」


 ジョエルは寂しそうに笑った。レティシアが目を丸くする。私は口を挟まずに二人を見つめていた。あ、とレティシアが口を開いて声を出す。泣いたせいで喉が痛むのか、自分の喉に片手で驚いたように触れてから、それでもレティシアは言葉を続けた。


「あたし、王子様に会いたくて、来ました。陸への憧れも勿論あるけど、小さい頃からの夢だったのもあるけど、でも幻滅とか、しないです。服は思ったよりも重いし足は痛いし色々なものが窮屈だけど、ヒトって凄いって思うの。まだ全然できないけど、跳んだり、跳ねたり、お、踊ったり、できたら良いなって思って」


 レティシアの声が震えた。


「あたし、アデリーヌ様みたいに綺麗じゃないし、色んなこと上手にはできないけど、王子様がお城の人に慕われてるのは分かります。服を着せてくれた人、歩き方を教えてくれた人、食事の仕方を教えてくれた人、みんな、優しくて。人魚が歓迎されてないならきっと王子様のためにしてくれてることです。王子様に害が及んだりしないようにって、気を、遣って……」


「レティシア嬢」


 そんなことは、とジョエルが慌てた様子で言い加えた。ううん、とレティシアは首を振る。


「人魚って、怖い、ですよね。ヒトに似てるけど、違うし。魚とも、違うし。良いんです、分かってます。

 私、海に、帰ります」


 唇を震わせながら健気に笑ってそう言うレティシアを、ジョエルが言葉を失った様子で見つめていた。




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