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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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22 お手伝いですが


「あれ、ライラ。こんなところでどうしたの」


 ラスに声をかけられて私は振り返る。ロディやリアムも一緒で、三人で連れ立って兵士の詰所に行こうとしていたようだ。


「お散歩。そうしたら浜辺を綺麗にしてるジョエル様に会ってお話ししてたの。三人はどうしたの? こんなに早くから」


「あぁ、討伐の作戦会議でね。昼前には片をつけたいところだからさ」


 ラスが頬を緩めて答えた。昨晩、思ったよりも巣が大きそうだと話していたことを思い出して私は眉根を寄せる。結構な準備が必要になるとロディは言っていたけれど、そんなにすぐできるものなのだろうか。そう思って尋ねれば、ロディが口を開いた。


「あまりモタついてると向こうから仕掛けてくる可能性が高まってしまうからね。折角の不意打ちだ。向こうが体勢を立て直してくる前に叩いておきたい。眠っている間に良い案が思い浮かんだようでね。これから検討するところだよ。

 王子、キミは城に残って欲しい。キミだって討伐に出てばかりいる暇なんてないだろう?」


 ロディの目が私から後ろにいるジョエルへ向いた。ジョエルの方は向かなかったから私は後ろから堪えるように吐かれた息の理由は判らないけれど、分かった、と答える声は意図的な明るさに感じられた。


「魔物討伐は元々頼んでたものだし、ぼくはぼくの仕事がある。任せたよ」


「勿論だとも」


 ロディもにっこりと胡散臭い笑顔で返す。その間に挟まれた私は居心地の悪さを感じつつ、ジョエルと一緒にお城へ戻ることにした。


「あの三人は本当に腕が立つんだな。戦闘を間近で見て思ったけど、ぼくじゃ足元にも及ばない。うちの兵もだ。兵団長のパトリックくらいしか着いていけないだろう。それだって足手纏いにならないようにするだけで精一杯で役に立つなんて難しいんじゃないかな」


 ジョエルが苦笑するように零した。悔しそうな色を感じるのに、現実を受け止めているようでもあって私は何と返して良いか判らずジョエルの顔をただ見上げる。ぼくは無能だからなぁ、とジョエルが続けて私は思わず足を止めた。


「あなたには、あなたの良さがあるわ。私には王子様や王様がどんなことを求められるのかなんて分かりませんけど、あなたには人柄の良さがあって、国のために頑張ってくれる兵の皆を思いやる優しさがあって、先に進んでいく行動力がある。足りないところだってあるんでしょう、力が及ばないことだってあるんでしょう。それでも、あなたが笑ってこの国を良くしていこうって頑張る姿が、率先して何かをやろうとしている姿勢が、兵の皆には伝わってるんです。だから皆、あなたを慕うんです。城下町の、国民の皆さんにはまだ知られてないのかもしれないけど、続けていけば知ってもらえます。自分のこと、無能だなんて言わないでください」


 ジョエルも足を止め、驚いたように私を見た。黒い瞳が不安げに揺らぐのが見える。


「私にできることならお手伝いしますよ。まずは見張り台の方に温かい朝食ですよね。きっとジョエル様、ひとりで色々頑張りすぎなんです。ひとりでできることなんて限られてるんですから、頼りましょう。魔物討伐を手伝って欲しいって私たちに依頼してくださったように、ご自分を支えて欲しいってシクスタッド学園までいらしたように、頼る力はある人なんですから大丈夫ですよ。あなたならできます、ジョエル様」


 人手が足りないから自分でもあくせく働いているのだろうと思ってそう提案すれば、客人にそんなことはさせられないと一度は断られた。でも魔物討伐に参加できるわけでもない私は暇を持て余しているし、お手伝いできることがあるならその方が嬉しいと言えば、じゃあ、とジョエルも折れてくれた。ジョエルがしていたことを私が代わることで別のことに時間を充ててもらえるはずだ。レティシアのこともあるし、彼女に与えられた時間は少ない。


「それじゃぁ、ライラちゃん、よろしく」


「はい!」


 私は元気良く頷いたのだった。



* * *



 私は一日、お城の中を上へ下へと移動して色々な人の頼みを聞いた。大したことはできないからお使いが精々なのだけど、お城の出入り口をピカピカに磨く手伝いをした時は達成感が凄かった。一緒になって渋々ながら手伝ってくれたセシルは不満気だったけれど言葉には出さない。黙々と調度品を磨いてくれた。


「昼前にはってラス、言ってたんだけどな。もう夕方になりかけてるのに戻ってこないね」


 お城の中と外とを繋ぐ大扉を開け放ちながら掃除をしていた私は空が段々とオレンジ色に染まっていくのを見てセシルに話しかけた。夕方が一番綺麗と言っていたロディとはまだ夕陽を一緒に見られていない。海の方へ視線を向ければ、キラキラと輝く海は少し波が荒い。まだ戦闘が続いている様子だった。


「蓋を開けてみたら思ったよりも数がいたんじゃない? 大きいのは倒せても幼体が多くいるならそれも狩った方が良い場合はある。縄張り争いはどちらかを追い出すしかないし、奪い返されたくないなら殲滅するか致命傷を負わせるくらいしかない。相手より上だと知らしめないと意味がないからね」


 人の味方も魔物の味方もしないセシルが静かに返す。そっか、と私は無難な返事をした。


「ジョエル様はレティシアと話せたかな。今日は一回も様子を見にいかなかったけど」


「さっき、少しだけ歌が聞こえたよ。どういう理由かは知らないけど、歌は歌ったみたいだね」


「セシルって耳が良いのね」


「……魔力を感じただけだよ、お姉さん」


 流石に耳では捉えていないとセシルが気まずそうに教えてくれて私は笑った。雨が降ったり風が吹いたりするようなことはなかったから天候に関する歌ではないのかもしれない。


「そろそろ扉を閉めよう。国民の誰も訪ねて来なかったけど」


「そうね」


 最後の調度品を磨き終わったセシルに促され、私たちは扉を閉める。左右に開かれた二枚の大扉を二人で一枚ずつ閉めて、簡単なかんぬきを下ろした。しっかりとした戸締りは最後にお城の人がするだろう。


 その後、陽が沈んだ頃にロディたちがお城に戻り、魔物の討伐は完了したことを報告した。魔物自体は大きさはあっても強さはそれほどではなく、幼体も多くいたから想定よりも討伐に時間はかかったらしい。けれどその魔物が多くの人を襲って溜め込んだ品物が巣の奥からいくつも見つかり、それを陸に運ぶ時間の方がかかったという報告だった。


「気になるのはアクセサリーが多数あることだね。これは昨日、レティシアが魔女からもらったという薬を入れていたものによく似ていると思うんだ。見せるかどうかは王子の判断を仰いだ方が良いと思って」


 ラスはジョエルにそう伝えた。依頼をしたのはジョエルだから全ての報告はジョエルにいく。ジョエルは少しばかり青褪めた顔で二枚貝のアクセサリーを眺める。魔物の巣にあったということは、そういうことだ。それをレティシアに言うかどうか、見せるかどうかはジョエルの判断に任されることになる。


 レティシアとは何の関係もない人魚の持ち物ということも充分に有り得る。二枚貝のアクセサリーが特別なものかも判らない。小物入れとしてよく使われているものなのかどうかさえ。それを見ただけで誰のものか判ってしまうものかどうかさえ。


「……ありがとう。とりあえず討伐に参加してくれた三人はよく休んで。後はぼくが考える」


 ジョエルが無理矢理に微笑んでそう言うのをロディたちは受け入れた。私とセシルも何も言わず、休むために自室へ戻ったのだった。



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