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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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21 朝の浜辺ですが


 朝方、私はまた早くに目が覚めて窓から海を眺めた。朝日にキラキラと照らされる水面がとても美しい。昨晩レティシアに教わった嵐の歌は私ではあまり効果を発揮せず、嵐というには優しすぎる小雨が降った程度だ。けれどレティシアの歌う嵐の歌は本物の嵐を呼び、外に近い人には多少の迷惑をかけたかもしれない。


 嵐は必要なものなのだとレティシアは教えてくれた。海は多くの命を抱え、生み出す場所だと。そのためには海を大きく掻き混ぜる必要があり、だからこそ嵐が必要とされる。時折、人魚が嵐の歌を口ずさみ、そうして海を大きく掻き混ぜて、命を生み出す。その結果どんな命が生まれるかは判らないものの、世界が求める命でありその役割から人魚は逃げられないのだとレティシアは言う。


 役割か、と私は胸の内で呟く。その役割から逃げようとして、脚がこんなに痛むのかも、とレティシアはそれも笑って言って、逃げようとしたわけではないのではと指摘すればまた笑った。そのつもりはなくても、世界がそう見ないならそれは逃げたことになるのだろうと。


 陸に上がった人魚はほとんど全て、役割を放棄し逃げたと見做される。そうだとするならそれは、悲しいことだと思った。


「……考えてても仕方ないわ」


 私は身を翻すとお城を出て浜辺へ向かう。まだ誰も起きていないような早朝だ。でも離れたところに見える兵の詰所には人の出入りがあるから寝ずの番をしているのだろうと思う。昨日はレティシアの歌で眠りこけてしまっただろうから、叱られていないと良いのだけど。


「ライラちゃん?」


 浜辺に辿り着いたら私に声をかける人があった。腕に小さな木の枝をいくつも抱えたジョエルだ。驚いた目が丸くなっていて、私はおはようございますと頭を下げる。


「こんな早くからどうしたんだ?」


「ジョエル様こそ。それは枝?」


 私が疑問に思って首を傾げれば、あぁ、とジョエルは自分の腕の中に視線を落とした。流木だよ、と教えてくれる。


「昨晩、ちょっとした嵐が来ただろう? ああいう夜の後は浜に色んなものが打ち上がるんだ。別に誰かが泳ぐような海じゃないし、誰かが来るような浜でもないけど、散らばっているのはあんまり好きじゃなくて。ちょっとした片付けだよ」


 ジョエルは少しはにかむように笑って言った。詰所があるとはいえ魔物が出る海辺をひとりで? と驚けば、ライラちゃんも同じようなものだろと苦笑された。


「ヴィクトルを付き合わせるのも悪いし、こっち側は兵が守りを固めているおかげなのか魔物もあまり寄り付かないんだ。監視の目もあるし」


 そう言ってジョエルがお城の方へ顔を上げた。私もつられて同じ方向を見上げる。白壁が朝日に照らされているお城の尖塔、見晴らし台のところで兵士が立っていた。こちらを向いているのはジョエルがいると知っているからなのだろうか。


「あいつ、誰よりも目が良くてさ。遠くまでよく見えるんだ。だから見晴らし台に立ってもらってる。明るい間ずっといるのは大変だ。それにあそこは海風に晒されてこの時期凄く寒い。それでも文句ひとつ言わないでやってくれるんだ。後で温かい朝食を持ってってやらないと」


「あなたが?」


 王子なのに、と思って驚けば、人手が足りないんだとジョエルは苦笑する。


「でも見晴らし台を(から)にするわけにはいかない。大事な役目なんだ。ぼくが代われるなら良いけど、そうもいかないから。それならぼくにできることは何だってやってあげるしかない」


「……あなたのそういう人も国も大切にする姿勢、素敵だと思う。浜辺を綺麗にするのだってあなたが率先してやっているんでしょう? 他の誰かがやってくれるかもしれないことを、まずはあなたが。そういう姿勢って、見られているものよ。兵士の皆さんはあなたを慕っているし、ちゃんと次期国王になる人として動いているの、解っているわ」


「……」


 ジョエルが息を呑んだ。目を丸くして、一瞬だけ泣きそうに表情を歪めて、すぐに視線を逸らして苦笑されてしまったけれど。


「ライラちゃんは凄いな。ぼくの欲しい言葉をすぐにくれる。きみと結婚できたら良かったのに」


「冗談でもそんなこと言っちゃダメです」


 慌てて私が(たしな)めると、冗談じゃないさ、とジョエルは私に視線を戻して微笑んだ。寂しそうに笑ってさえいるその表情に胸が苦しくなった。


「ぼくが王子じゃなかったら。きみに魔力があったなら。そう思ったけど、でもきっと、ぼくが王子だから、きみには魔力がないから、今のぼくらがある。違う人生だったらきっとぼくはぼくじゃないし、きみはきみじゃない。あの魔術師をそう言ってきみが庇ったように」


 ロディのことだ、と私は思った。確かにロディと王妃の肖像画は似ていた。でもそれを確かめる術はない。それにもし仮にそうだったとしても、ロディが此処でやっていくことはない、と私は思う。この国に思い入れも何もない彼では、ジョエルのようには国の将来を思うことは難しいのではないかと思うのだ。ロディにはロディの体験がある。それを持って彼は今を生きているのだから。


 暗く血生臭い夜を思い出したけれど、それは潮風に紛れて何処かへ行ってしまった。


「……ジョエル様。あなた、そうやって慎重に相手のことを考えられるのだから、レティシアのところにも顔を出してあげてくださいね。あの子もあなたも、お互いを知らない状態だもの。思うところは沢山あるだろうけど、それでも相手を知らなくて良い理由にはならないから。レティシアは良い子よ。可愛くて、寂しい」


 二人に似ているところを私は感じ取っている。それがお互いどう影響するかは判らないけれど、ジョエルは何となく彼女を避けているような気がしたから理由も訊かずに釘を刺しておいた。ジョエルの都合や事情はあるだろうけれど、国を背負うなら女の子ひとり避けていてはいけないのだから。


 私の言葉に目を丸くし、ジョエルは微かに頷いたのだった。



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