20 天候を操る歌ですが
「凄い、凄いわ、ライラ! 何でもすぐ覚えてしまうのね!」
「レティシア……褒めすぎ……」
にこにこしながらレティシアが褒めてくれるのがくすぐったくて私は恐縮した。ううん、とレティシアは首を振る。海藻色の髪がひらひらと揺れた。
「本当に凄いの。こんな短時間でいくつも覚えられるなんて本当に凄いわ。あぁ、もうすぐ休憩の時間が終わってしまうのが残念。また休憩になったら一緒に歌ってちょうだいね」
レティシアは歩く練習の休憩になる度に私に歌を教えてくれた。私は休憩時間に教わった歌を、次の休憩時間になるまで何度も反復して覚える。その繰り返しだ。人魚の歌は歌そのものに魔力があるらしく、魔力のない私が歌っても多少の影響は引き起こすらしい。例えば雨を降らせる歌、反対に雨を上がらせる歌。レティシアが歌うと影響が大きいらしく、部屋の中であっても外で雨が降るのは知ることができた。私が歌っても土砂降りまではいかないまでも天気雨を降らせることができる。嵐の歌もあるようだけど、それは皆が帰って来た後の夜に教えてもらうことにした。
天候に関する歌が多い中、眠りの歌はやはり異質で、人魚の中でも使い道は限られているようだ。朝聞いたものを覚えていたとしても歌わないでほしいとレティシアには釘を刺された。
「彼女の話を聞いていると人魚っていうのは生き残ることに特化した生物なんだなって思うんだけど、お姉さんはどう?」
休憩時間が終わってレティシアの部屋から出た私たちは別室で次の休憩まで待つ。椅子に座ったところでセシルがそう尋ねてきたから、私は首を傾げた。
「海の生物については僕もよく知っているわけじゃないけど、水の中といえば魚の形をまず思い浮かべるよね。でも人魚は全身が魚というわけじゃない。人の部分があり、人の思考があり、人ほどの大きさがあり、両手が使えることで道具も使える。同じような生き物が海の中に他にもいるかは判らないけど、生き残り方はきっと多彩だ。体が大きい分、岩場に姿を隠すとかは難しいこともあるかもしれないけど其処は知恵や機転で立ち回るんだろうな。後はやっぱり、歌。魔力を持った歌で脅威を退けてるんだろうね。海の中でも強者の部類に入ると思うんだけど、でも彼女の性格を見ていると温厚で争い事は苦手だ。そういう歌が伝わる時点でそういう種族と見るのが妥当だと思う」
セシルは考え込みながら自分の考えを整理するように口にする。私はただそれに聞き入った。歌を教わることに夢中で其処まで考えてはいなかったのだ。
「陸に来るにも命を眠らせることで危険を排除してきた。でも穴はある。万物に効くわけじゃない。現に僕らには全く効果がないとは言わないけど耐性があるわけだし、人にも限定しないかもしれない。彼女が海に帰ることになったら連れて行ってもらえるんじゃないかと思っていたけど……水の精霊に会うにはお姉さんが教わる歌だけあれば良いのかな」
レティシアの努力を見ていると海に帰らない選択肢もあるかとセシルは思い始めたようだ。確かに足が痛いと泣いていた少女がたった数時間で泣き言を言わなくなり、痛みに耐えながら歩く練習をしているのは健気で物凄い根性だとも思う。陸での生活が難しいのではないかと思ったけど、もしかしたらもしかするかもしれない。後はジョエルがどう返事をするのかにもよるけれど。
それは二人と国のことだから私たちが口を出せることではない。私たちは私たちの目的があって海までやってきた。受けた依頼を今はロディたちがこなしてくれているけれど、本来は水の精霊に会うための人魚の歌を知りに私たちは海まで来たのだ。レティシアに会うことができて人魚の歌を教わってはいるけれど、どの歌が水の精霊に必要なものなのかは分からない。
──水の中では歌えぬが、人魚の歌なら届くだろう。まずは海へ、お前は其処へ向かいなさい。
湖の底で眠る大蛇が教えてくれたことを思い出す。宴好きの精霊たちに気に入ってもらうこと、そのために人魚の歌を覚えようとしていること。けれど水の精霊は何処にいるのだろう。人魚の歌なら、という言葉に海の中ではないかと見当をつけてはいるけれど。
「教えてもらった歌、海に少しだけ入って歌ってみようと思うの。水の中で歌えないのは人魚の歌を教わっても同じだし、もしかしたら魔力を持った人魚の歌そのものが水の中にも届く可能性があるかと思って。水の中で人魚がどう歌ってるのかもレティシアに次の休憩の時、聞いてみましょう」
そう返せばセシルはうんと頷いた。その後、レティシアからきょとんとして人間は水の中で歌えないの? と驚かれ、魔物討伐で戻ってきたロディたちが思いの外に険しい表情をしていることで状況は変わってしまった。
「魔物の巣、思ったよりも大きいな。深くなる場所に潜り込まれたと思う。あれを叩くには結構な準備が必要になる。巣が大きいということは其処にいる魔物も大きいということでね。一旦戻って作戦会議というわけさ」
ロディは簡単に概要を教えてくれたけれど思ったような成果ではなかったことが表情から滲み出ていた。討伐組はすぐに兵の詰所へ向かい、私とセシルは取り残されてしまった。そして皆が寝静まった頃、私は約束通りにレティシアから嵐の歌を教わる。
ガタガタと窓を揺らす風は屋内にいるのにレティシアが歌っているからだろう。あまり長く何度も聞けるものではない。私は集中して嵐の歌を覚えたのだった。




