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18 パロッコの新たな門出ですが


「決めたの。あたし、このパーティを抜けて商人パーティに入れてもらうことにしたわ」


 モーブの腕がだいぶ良くなって、そろそろハルン師匠から訓練を終了にしても良い頃合いだろう、と言われた矢先、パロッコが明るい笑顔でみんなに言った。食堂で珍しくみんなが揃って夕食を摂っている時だった。


「この街で知り合った珍しい品物を扱うおじさんに、ついて行きたいって通い詰めて頼んだらやっと首を縦に振ってくれたの。誰の旅にもついて行けないけど、自分の店を出すまで旅は続けるつもりだから、何処かで会ったらご贔屓にしてね」


 あまりパロッコの姿を宿で見なかったのはそういう理由だったのか、と私は得心した。熱心に足しげく通って仲間に入れてもらえることになったのだろう彼女は満足そうに笑う。その笑顔が輝いていて、私も思わず笑みがこぼれた。


 みんなも同じだったようで、口々におめでとうとパロッコを祝う。自分のお店を出すことがきっと夢なのだろうと判断した私は、彼女が一歩その夢に近づいたことを素直に嬉しく思った。


「みんなより一足先にこの宿も出るね。あたしを信じてこのパーティのお財布を握らせてくれてありがとう。これまで働いた分を引かせてもらったら、ちゃんと返すから」


 あはは、とモーブが相変わらず爽やかに笑う。微塵も疑ったことなどない笑顔と声音だった。


「君には本当に助けてもらった。あれはうっかり法外な値がつけられた品を買いそうになっていた時だったね」


 モーブがパロッコとの出会いを話し出す。そうそう、とパロッコも頷いた。


「あんな素人が土を捏ねて作ったような代物、誰も見向きもしないのにまんまと口車に乗せられそうになってるおのぼりさんを見たら、誰だって助けるって」


「そんなことがあったんですか」


 私が驚くと、みんな一様に目を逸らしたり誤魔化すように苦笑したりした。


「発端。ロディの所為」


 ハルンが目を伏せたままロディを見やる。いやぁ、とロディは困ったように眉尻を下げて笑いながら頭を掻いた。


「売り子があまりに綺麗な女性(ひと)だったものだから」


 ふん、とハルンが鼻を鳴らすのとパロッコが苦笑するのは同時だった。


「そういう戦略なのっ。綺麗な人ならみんな足を止めてくれるでしょ。見惚れてる間に訳の分からない説明されて、気づいた時には承諾、契約完了しちゃうの。怖い話。

 でも本当に怖いのは、そういう売り子さんも法外な値段で買っちゃった品の返済のために、売り子をせざるを得ないこともある場合」


 少しだけ悲しそうに笑って肩を竦めるパロッコはありふれた話と言わんばかりだった。


「お金は人を狂わせるし、人が人を売り買いする世の中だから、そういったことも起こる。でも仕方のないことだとは思わない。あたしは影響力のある大店(おおだな)の主になって、そういう奴を片っ端から商売できないようにしてやるの!」


 恐らくそれがパロッコの夢なのだろう。熱く語るパロッコの様子は、とてもキラキラとしていて、絶対に叶えてやるんだという気概を感じるものだった。そのための手段も道筋もほとんど決まっている。夢を見るだけじゃなくて、確実に進むために行動しているパロッコは、とてもとても格好良かった。


「素敵です!」


 気づけば私はパロッコの手を取っていた。パロッコがきょとんとして私を見る。


「絶対に、絶対にその夢、叶えてくださいね!」


 私がそう言えば、パロッコはにっこりと笑った。


「もっちろん! お嬢さんも、ぜひ有名になってあたしのお店、宣伝してね」


 ぱちん、と片目を閉じてパロッコは愛嬌たっぷりに笑う。私もつられて笑顔になった。


 パロッコの新たな道をみんなで祝い、夜は更けた。営業時間が過ぎて食堂から追い出された後もヤギニカのお店にみんなで繰り出し、酔い潰れる人が出るほど飲んだ。そのお店で求められて初めてお店で歌を歌わせてもらった。喧騒の方が大きいお店だから私の声はパーティメンバーくらいにしか届かなかったけれど、周りの卓にいたお客さんがお酒で赤い顔をしながら拍手をくれて、とても嬉しかった。


「お嬢さん、お嬢さんの歌、あたし結構好き。絶対に売れるから。人気者になれる。あたし、未来を知る魔術は使えないけど、真贋や価値を見抜く目は持ってるつもりだよ」


 あ、でも歌は耳かーとパロッコは笑って言った。相当に酔っぱらって、さっきは見知らぬ卓の人と肩を組んで歌っていた彼女だけれど、その言葉は心から言ってくれていることが分かるから、私は微笑んだ。


「嬉しいです。ありがとう」


 パロッコの向こうでは、ふにゃふにゃと眠りかけているモーブとロディをキニがやれやれといった様子で立たせていた。ラスがすっかり眠ってしまったハルンを背負う。


「でもお嬢さんは、まだあの小さい村から出てきたばかりのおのぼりさん。悪い人がいるなんてきっと想像もしてないくらい、良い人しかいなかったあの村の女の子。ハルンが稽古をつけてくれたからきっと多少は強くなったよね。でも、魔力のないお嬢さんが、もしも悪意ある魔法に触れたなら」


 パロッコが両腕を伸ばして私の首に触れた。彼女の柔らかい指の腹が私の鎖骨から上へ這って、真ん中あたりでぴたりと止まる。一瞬だけ触れて彼女は私を抱き寄せた。雛鳥のようなふわふわの髪の毛に頬をくすぐられて、けれど私は目を丸くして驚くだけだった。


「きっと簡単に落としてしまえる。だからお嬢さんに贈り物があるの。夕食の前にこっそり枕元に置いて行ったから、帰ったらどうか受け取ってね」


 耳元で囁いて、私が頷くより前にパロッコは私から離れるとキニを手伝いに身軽に歩いて行った。あんなに酔っぱらっていた筈なのに、足取りは全然ふらついていない。


「お嬢さーん、置いてくよー!」


 振り返ったパロッコに笑顔で呼ばれて、私も慌てて後を追った。私とパロッコにハルンを任せて、ラスがキニからロディを預かる。キニはモーブを抱え、酔い潰れていない面々で宿まで帰り着いた。


 女子四人部屋でハルンをベッドに寝かせた後、私はすぐに自分のベッドに近づいて枕元の贈り物を探した。可愛らしい袋に入ってリボンがかけられた贈り物をごそごそと開けて、私は中からお花を出した。綺麗な白い花を模した、髪飾りだ。


「可愛い……!」


 パロッコにお礼を言おうと思って振り向いた私の視界に入って来たのは、自分のベッドに辿り着く直前に睡魔に負けたパロッコの姿だった。上半身は辛うじてベッドにのっているものの、膝は床についていた。こちらに突き出すような格好になった彼女の丸いお尻が寝息と一緒に上下に揺れている。


「風邪を引いちゃいますよ」


 私は苦笑して、靴を脱がせたパロッコの脚をベッドにのせる。更に掛布団をかけると、むにゃむにゃと幼子のような寝言を口にするが、それでもパロッコは起きない。お酒も入って幸せそうな様子を見ると、私の口元も緩んだ。


「おやすみなさい」


 誰にともなくつぶやいて、私も準備を整えて床に就いた。枕元に、白い花の髪飾りを置きながら。





9月6日に起きた北海道胆振東部地震の影響で北海道全域が停電し、復旧後も節電が呼びかけられていました。

幸いにも私自身や家族には何もなく、少しばかり節電に気を遣ってやや不便なだけの日常を送ることができました。

節電のためPCをつける回数もかなり減らしたので(9月下旬までほとんどつけませんでした)、お話のストックは相変わらず増えていないのですが、

これからまたライラたちのお話を更新していきたい気持ちはあるので、

どうぞお付き合い頂けますと幸いです。

お待ち下さった方々、本当にありがとうございます。

今後ともどうぞよろしくお願い致します。


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