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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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19 明け方の歌ですが


「歌を? 勿論良いわ」


 歩く練習の休憩中に訪ねたレティシアに打診をすれば、二つ返事で頷いてくれた。歌姫なんて職業があるのねとレティシアは笑う。足は痛むだろうに、今は微塵も出さない。先ほどまで泣いていた少女と同一人物とは思えないほどだ。


「まずはライラ、あなたの歌を聴かせて」


 ねだられて、私は咳払いをいくつかすると口を開いた。父に教えてもらった曲の中からひとつを選んで歌う。キラキラとした海の光から連想した曲だ。朝粒の光に照らされた祝福の歌。女神様の聖歌のひとつだからレティシアは聞いたことなどないだろうけれど、目を閉じて聞き入っていた。


「ありがとう、ライラ。とても綺麗。海の中で聞いていた音に似ている気がする。あなたなら人魚の色々な歌が歌えるかも」


 人魚の歌って難しいらしいの、とレティシアは言う。王様と王妃様の成婚の儀で披露された人魚の歌は、それはそれは盛況で、けれど誰も真似をしても再現はできなかったという。人魚の歌は人魚の声のためのもので、人が歌う用にはできていない。けれど声が似ているという私たちなら、とレティシアは笑った。


「あたし、歌も上手い方ではないんだけど。ちょっと恥ずかしいわ」


 そう言いつつもレティシアは伸びやかな歌声を披露してくれた。綺麗で、ひとりの声なのに何重にも音が重なったような厚みがあり厳かだ。深みのある、それでいて澄んで美しい声。ずっと聴いていたいような声の持ち主だった。この声に私の声が似ているならそれは、とても光栄だと思う。


 その声を聴いていて私は思い出す。今朝、途切れ途切れに聞こえてきた歌はこの声ではなかったかと。


「レティシア、違ったらごめんなさい。あなた、浜辺に辿り着く前に歌っていなかった?」


「え、き、聴いてたの?」


 驚いた表情をレティシアが浮かべるから私は頷く。そんな、とレティシアは驚いた表情のまま固まった。何かあったのだろうかと私は不安になる。夕陽色の目が私を見上げ、何ともない? と尋ねてきたから益々不安になった。


「あれは眠りの歌なの。人魚の魔力を乗せた、眠りの歌。あれがあったからあたし、浜辺まで来られた。あれを聴いたらほとんどの命は眠ってしまうはずなのに……魔力への耐性が強いの?」


 首を傾げられても、いいえ、という答えしか私は持ち合わせていない。


「むしろ私は……魔力なんてないのよ……」


 え、とレティシアは目を丸くした。魔力がないということは、魔力への耐性だってないことと同義だ。レティシアの歌が魔法の歌だと言うなら、私にもその効果は現れて然るべきである。


 朝、やけにお城が静かだと思ったのはレティシアの歌が聞こえていたからなのかもしれない。それなのに私は目を覚ましていて、浜辺に辿り着いたレティシアを引っ張り上げようとさえした。


「歌が聴こえて、あなたはどうしたの?」


「い、一緒に、歌ったわ。でも夢の中みたいな酩酊感はあったから、私も眠っていたのかも……」


「眠りながら人間って歌えるの? 凄いのね」


「あぁえっと……そういうことではなくて……」


 何でも素直に信じてしまいそうなレティシアに嘘を教えるわけにはいかず、けれど私も答えは分からず、困惑した。黙って私たちのやりとりを見ていたセシルが、あの、と口を挟む。


「僕も朝は起きていた。妙な魔力を感じたのは、人魚の歌だったわけだ。魔力への耐性がどうということではないんじゃないかなと思う。もっと別の、“適性”によるものなんじゃないかって」


 え、と私たちはセシルへ同時に顔を向ける。セシルは壁にもたれて腕を組んでいた。考え込んでいるのか視線を落とし、目を伏せる。長い金糸の睫毛が重たそうに震えるのが見えた。


「僕とお姉さんには共通する“適性”がある。大なり小なりではあるけど、有無で言えばあるから、それが影響した可能性が大きいと思うんだ。その証拠にリアムも起きていたんだよね。ロディ、はどうか判らないけど魔術師でも人魚の魔力に抗う術があるかどうか。魔力耐性とはまた違うんじゃないかと思う」


 言われてみれば、というところもあって私はなるほどと合点がいった。魔力がなくても“適性”がそれなりにでもあれば耐性はあるのかもしれない。限定的なものではあっても。


「人間って不思議ね」


「文化の違いってやつだよ、きっと」


 レティシアが素直に感嘆するのをセシルは天使のようににっこりと笑って受け止めた。やり口が少しロディに似てきていないか心配だ。指摘したら怒りそうだけど。


「僕とお姉さんとリアムが共通して持つのは、魔物使いの“適性”だね。人ではないもの、と魔物を定義するなら人魚にだって当てはまる。お姉さんは魔物使いの“適性”は」


「それなりに」


「うん。僕とリアムは天職だからね。其処に差はあるかもしれないけど。この仮説はあながち間違いじゃないと思うけどな」


 セシルの言っていることは筋が通っているように思えて、私も頷いた。レティシアが嬉しそうに笑う。


「それじゃ、眠りの歌も覚えられるかもしれないってこと? 教えてあげるわ。ライラ、人魚の歌、覚えてちょうだい。人間との交流を歌を通してできるなんて思ってなかった。上手じゃないけど、歌は好きだから。嬉しい」


 本当に嬉しそうに笑うレティシアの笑顔を見て私は頬を緩める。教えてもらえる歌は多いほど私だって嬉しい。知らない曲を知るのは楽しいし、今朝聞こえたのは綺麗な旋律だったから覚えるのも楽しみだ。魔力のない私が歌ってどれほどの効果があるかは判らないけれど、覚えたいとは思う。


「私も嬉しい。よろしくね、レティシア」


 そう微笑めば、レティシアは破顔した。



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