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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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17 海の底からですが


「お、王子様! はじめまして、レティシアです! どうぞレティって呼んでくださいっ。あぁお待ちになって、今魔女様の薬を飲みますから」


「え、レティシア……っ」


 止める間もなくレティシアは合わせ貝の中から白くて丸い粒を手に取るとごくんとひと口で飲み込んだ。大丈夫なんだろうか、と私が固唾を飲んで見守っていると、レティシアの体が輝き出す。飲み込んだ薬が体の中を移動しているかのように光が移り、お腹まで辿り着くと今度は尾びれが輝いた。水に反射して眩しさのあまり目を閉じる。瞼の裏に感じる光が弱まったのを感じた頃、そっと目を開けるとレティシアが不思議そうに自分の脚に触れていた。


「これが……脚……素敵! 人間みたい!」


「ああああああほらほらほらほら男ども、出て行く! さっさと出ていく! ほら! 行った行った!」


 無邪気に喜んでいるレティシアを隠すようにラスが彼女の前に飛び出してきた。唖然としている皆をぐいぐいと押してラスが部屋から追い出す。女性の使用人に、服を、と言っているのを聞いて流石の私も気がついた。そうだ、彼女、尾びれが脚になったせいで何も身につけていない。人前で見せるようなものではない部分なのに、本当にひれが脚になってしまった魔法に驚いてすっかり飛んでしまった。


「ありがとうラス。私、気づかなくて」


「いや、あんなの仕方ない。ロディを見たかい? 呆然としてたよ。まぁひれを脚にする魔法なんて見たことないだろうからね。衝撃で皆の記憶に残ってないことを願おう。王子様の婚約者の脚が大勢の目に触れたなんて良くないだろうからね」


 そうなの? とレティシアが首を傾げる。脚なんて持ったことのない人魚が脚の重要性なんて知っているはずもない。そもそも人の世界のことさえよく知らないだろうに。そうなの、と私は物事を教える気持ちで彼女に返す。


「そのままだと寒いし、他の人には見せないものなの。だから人は服を着るのよ。レティシア、貴女が着られる服をお願いしているから、服が届いたら着替えましょうね」


「ドレス?」


「多分ね」


 レティシアは嬉しそうに笑った。


「嬉しい。ずっと憧れてたの。陸には綺麗がものが沢山あるんだもの。ひらひらしたドレス、くるくる回るダンス、キラキラした灯り。やっと来られたんだわ。やっと、王子様にも会えた」


「……レティシアはそんなに陸に来たかったの?」


 ラスが頬を緩めて尋ねると、うんとレティシアは大きく頷いた。海藻色の髪が揺れる。


「あたし、海の底でずっと母に聞いていたの。陸に上がったアデリーヌ様のこと。魔物が海で大暴れする前は皆もっと自由に行き来していたと聞いていたけど、王様に見染められて、脚を持って一緒に生きていくって決めたアデリーヌ様のお話が一番好き。結婚式でのアデリーヌ様はそれはそれは綺麗で、真珠色の髪が輝いて幸せそうだったって。そのアデリーヌ様の子どもと、王子様と、結婚させようってアデリーヌ様と母は話していたって」


 海がこんなことになって、とレティシアは寂しそうに笑う。セシーマリブリンから便りは途絶えた。危険な海を渡る人魚もいなくなり、交流は何年もなくなった。それでもレティシアは幼心に聞いた話をずっと、大切に想っていたのだと。


「会ったことも話したこともない王子をどうして其処まで思えるの? 海の底にだって出会いは沢山あるだろう? あんたを好きになる人魚だっているはずだよ」


「そ、そんなことないわ。あたし、全然綺麗じゃないし。人魚はもっと綺麗なものなのに。髪はこんな海藻色だし、目は夕焼けの色。母と同じ色は好きだけど、でもそんなに綺麗なものじゃないの。海にいれば誰だって青空が好き。真珠の髪が好き。海の底じゃあたし、全然だめ」


 でも、陸の人は人魚を歓迎してくれるんでしょう、とレティシアは無邪気に笑った。痛みを我慢しているような色が見えたのは私の気のせいかもしれない。レティシアはとても可愛いけれど、確かに肖像画で見た王妃の方が綺麗と言えば綺麗かもしれない。レティシアの言ったものを全て持って、愛されて、そうして二十年前の出来事で命を落とした。


「陸にはあたしの王子様がいて、その王子様と結婚することを夢見てきたの。王子様、ジョエル様。あたしのこと、好きになってくれるかしら」


 ジョエルの様子を思い出すとまだ衝撃が強すぎてそんなことを考えられる余裕は生まれそうになかったけれど、落ち着けば彼も考えざるを得なくなる。焦ってお妃候補を探していたような印象はあったけど、優しい人だと思うし悪い人ではない。国を憂えて、国の未来を考えている。それにはひとりでは力不足だと捉えていて、支えてほしいと願っている。レティシアにそれができるならきっと、条件は満たすと思うけれど。


「好きになってくれるかはジョエルじゃないと出せない答えだからね。あたしらに訊いても仕方ないよ」


 ラスが答えて微笑んだ。そうなの? とレティシアがまた尋ねるから、そうさね、とラスは頷いた。


「人の気持ちは難しいんだ。あんただって本当にジョエルを好きかなんて判らないさ。まだお互い顔と名前しか知らないんだ。実際に会って話してみて、人となりを知ったら思っていたのと全然違ったなんてよくある話だよ。でもね、全部が好きな人なんていない。まぁ全くいないとは言わないけど、相手にはどうしようもないところのひとつや二つ、あるものさ。だけどね。それを許せるかどうか、だとあたしは思うよ」


 優しい表情を浮かべてそう言うラスを見て、ラスがそうなのかな、と私はこっそり考える。ラスには心に決めた人がいるような話を聞いたから、とっても大人だと思う。レティシアの話を聞いてあげるには適任かもしれない。


「それはそれ、とりあえず服が来たみたいだから着替えようか」


 扉の外の足音を捉えたらしいラスは扉に向かう。ラスの言葉を反芻したらしいレティシアが、うんとひとつ頷いて、立ち上がろうとして転げるのを私は驚いて見ていた。



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