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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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16 王様の歓迎ですが


 レティシアの発言にお城は再び上へ下への大騒ぎになった。紛れもない人魚の少女が海からやってきて、婚約者に会いに来たのだと言った。その婚約者が王子様、ということならジョエル以外にいない。当のジョエルは顔面蒼白でフラフラになり、ヴィクトルが支えた。


「れ、レティシア……? その、婚約者っていうのは……」


 バタつき始めたお城の雰囲気を感じながら私はレティシアに尋ねる。白い頬を薔薇色に染めてレティシアは目を伏せた。


「小さい頃からずっと聞かされていたの。あたしの許嫁。陸の世界にいる王子様。いつか人の脚を持って陸を駆けて会いに行くって思っていたのよ。でもこの薬は三日間だけしか人の脚をくれないの。あたしが王子様に会えて結婚の約束ができたら、お試しじゃない薬をくれるって魔女と取引してきたわ」


 取引、という単語には不安を覚えたけれどレティシアの顔は希望に満ちて明るい。何も疑っていない顔だ。何をどうしたものか、と思ってロディの顔を見上げたけれどロディも困惑している様子だった。そうこうしているうちに王様がやってきて、狭い部屋が更に狭くなる。隻腕の王様はレティシアを見て目を丸くした。


「まぁ、大きな人」


「レティシア、しーっ」


 私は咄嗟に耳元で囁いてたしなめたけれど、レティシアは何が何だか分かっていない様子だ。王様ということにも気がついていないかもしれない。王様は狭い室内で屈んでレティシアの目の前に膝をついた。狭い室内でロディとラスが壁際に限界まで寄って空間を作る。


「遠い海の底からよくぞやってきてくださいました、レティシア嬢。私はこの国の王。二十年以上前、海の底からアデリーヌを妻に迎えた者です」


「え、王様! アデリーヌ様の!」


 ぱしゃ、と驚いたレティシアが飛び上がって尾が水を打った。少し跳ねたけれど絨毯が吸い込む。王様は頬を緩めたように見えた。


「アデリーヌを守ることのできなかった私が来ても良いものかと迷いましたが、しかし、危険になった海を超えてやってきたと聞いていてもたってもいられず」


「いいえ、王様、光栄です。あぁどうしよう、陸ではどうするのが良いのかしら。私には綺麗なドレスも素敵な脚もまだないの。こんな格好でごめんなさい」


 いいえ、と王様は首を振って否定する。


「その瞳の色は覚えがある。アデリーヌの姉のひとりにいた」


「! そう、そうなんです! アデリーヌ様の姉の一番末の娘にあたります! 嬉しい、王様が母を覚えていてくださったなんて!」


「話では息子の許嫁だとか」


「はい! そう聞いて育ちました! でも最近は海を荒らす魔物が多くて……もう反故になったかもねなんて母が言うものですから、あたし……」


 レティシアが目を伏せて不安そうに話す。なんと、と王様は目を丸くした。


「それで海を超えてきたと言うのか。お転婆にも程がある」


 あ、とレティシアは真っ赤になった。慌てて両手で両頬を挟んで隠すようにしたけれど白い肌が真っ赤になったのは分かりやすい。隠し切れるものでもなかった。


「ご、ごめんなさい。あたし、お転婆だって言われないようにしようと思っていたのに……王子様に相応しい女の子になろうって」


 はは、と王様が声をあげて笑った。ジョエルが驚いたように王様の姿を見るのが私の視界の隅で見える。


「アデリーヌもお転婆だった。気にする必要はない。そのくらい元気がある方が良い。この国にはないものだ。寂れて何もなくなってしまったが、どうぞゆっくり滞在されると良い」


 王様はそう言うと立ち上がる。面倒を見てやるように、と女性の使用人に声をかけて何処かへと行ってしまった。


 面倒を見るにしても、人魚の女の子をどうやって、と思っているのが表情から伝わってくる。レティシアはよく分かっていないようだけど、色々な問題を抱えるこの国で人魚の女の子を更に抱える余裕はないのだろうと思った。


「あー、レティシア、その、人間になる薬だけど効果は三日なんだね? 三日過ぎたらキミは帰るのかい? 魔物が出るあの海を?」


 ロディが確認するように尋ねれば、レティシアは何でもないことのように頷いた。


「そうしないと魔女様から薬をもらえないもの」


 自分が人間になることを信じて疑わない少女は、その意味を解っているのだろうか。そしてジョエルは彼女をお妃に迎えるつもりがあるだろうか。そもそも誰も知らなかった人魚の少女との婚約を、王様はどうするつもりなのだろう。婚約を知っていたならジョエルがお妃探しをする必要はなかったわけだし、そもそも本当に婚約がされていたのかも私には分からない。


 ジョエルの呆然とした様子からはそんなこと知らなかったことがありありと見て取れる。衝撃を受け過ぎて整理ができていないことも見ているだけですぐに解った。レティシアに彼が例の王子様だと紹介するのはもっと後の方が良いだろう。そう思っていたら。


「色々確認しないとならないことがあるね。魔物退治は一旦保留にしても良いかな、ジョエル王子」


「え、王子様!」


 レティシアが肩を跳ねさせた。ロディが向けた視線を追ってジョエルに辿り着く。ジョエルは顔面蒼白で、何故今そんなことを教えたのかとばかりにロディを見ていた。私も同意見だし、セシルも信じられないようなものを見る目をロディに向けている。リアムは眉根を寄せてしかめ面をし、ラスは頭を振っていた。誰もがロディの選択を悪手だと思っているのは明白だった。ロディだけがただ、にっこりと笑んでいる。


「遅かれ早かれ判ることだよ。それなら早い方が良い。どうせキミ、報せるのに最適な機会を窺って逃し続ける方だろう」


「全面的に同意です、ジョエル様。戦いの場では悠長に考えている暇もありません。今はただ、選択を」


 ヴィクトルが意外にもロディの肩を持った。前門と後門を敵に挟み撃ちにされたジョエルは一瞬、苦々しく顔を顰めた後にそれらを飲み込むように俯く。次に顔を上げた時にはにこやかで、初めて私たちに会った時のような笑顔を浮かべていた。


「はじめまして、レティシア嬢。ぼくがこの国の王子、ジョエルだ」




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