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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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15 目覚めた人魚ですが


「うーん……ボクも人魚を診たことは流石になくてね」


 リアムと連れ帰った人魚はお城の中を騒然とさせた。使用人の人たちが上へ下へと大移動したおかげで皆が目を覚まし、あまり大きくはないけれど座り心地の良いソファがある部屋で私たちは人魚を囲んでぎゅうぎゅうに立っている。


 人魚の少女は上半身を毛布で包まれ、脚の尾は水を張った大きな桶に入れている。鱗から下を水に浸かるように入れているせいで椅子には座れないから、私が彼女の上半身を抱えるように支えている。眠そうな目を擦ったロディは流石に人魚を見ると目が覚めたようだけれど、困惑したように頭を掻いた。


「ロディでも判らないの?」


「正確にはね。ボクに判るものがあれば良いんだけど」


 ひとまずは屈み込んでロディは少女の頬に触れる。長い睫毛を伏せた少女は青白い顔をしていて、尾が見えなければすぐに治療魔法をかけ始めただろうと思う。でも人魚の生態はロディもよく解っていないということだから、何をどうして良いのか判らないらしい。


「此処に人魚を診たことのある人間はいないのか? 王妃が人魚だったんだろう」


 リアムがジョエルを振り返って尋ねた。ジョエルは部屋に足を踏み入れたは良いものの人魚の少女を見て足が竦んだようでもあった。同じくらい真っ青になって少女を見つめている。


「あ、あぁ、いない。先の争いで医療魔術師も命を落としたと聞いた。回復魔法を使える魔術師が少なかったこともあってこの国の痛手は大きかったんだ……」


 問われたことには気づいていたらしく、言葉が(つか)えながらもジョエルは答えた。


「人魚の再生能力は群を抜いていると聞いたことがあるが、オレの記憶違いか?」


「ボクもあるよ。とはいえ、文献の中での話だ。その文献がどの程度、信頼できるかは判らない。著者だって人魚を見たことがあるかどうか」


 リアムがロディに向き直って尋ねれば、ロディは少女を観察しながら答える。


「外傷には強くても内から弱っているならそれが当てはまるかは判らない。うん、でも、これなら助けになるかな。体力の消耗が顕著なことしか判らないけど」


 ロディは杖を握り直すと口の中で呪文を呟いた。少女の体が段々と温まっていくのを感じる。少女の長い睫毛が震えて、夕焼け色の目が開いた。は、と息を呑む声が部屋の中からしたけれど誰が息を呑んだのかまでは判らなかった。


「……気分はどう? 言葉、判るかしら」


 私は話しかける。少女の目はまた彷徨って、声をかけた私を見上げた。耳は聞こえるようだと思う。惑った目が像を結んで、私を捉えたのが見えた。私は微笑む。少女が驚いたように目を見開いた。


「……あ……」


 声がする。小さくて、可愛らしい声だ。声が出ないわけではないらしい。先ほどはロディ曰く体力の消耗が激しすぎて声も出せなかっただけなのだろう。


「何処か痛いとか苦しいとかない? あなたの体のことが判る人が此処にはいないの」


 尋ねれば少女は首を横に振った。否定だろうか。痛くないかと訊き直せば頷くから、私は安心して息を零す。良かった、と伝えれば少女はまた目を見開いて真ん丸にした。


「私はライラ。名前は言える? あなたは誰?」


「……レティ、レティシア……」


 そう、と私は頷いた。レティシア、と彼女の名前を繰り返せば彼女は一瞬だけ泣きそうに瞳を揺らし、嬉しそうに笑った。その笑顔が可愛くて私は思わずまた頬を緩める。もっと、とレティシアがねだって私に身を寄せた。


「もっと呼んで」


「レティシア?」


「ふふ、くすぐったい」


 嬉しそうな声でそう言うから、水の中では名前を呼んでもらえないのだろうかと考えてしまった。でもそうなら自分の名前を知るはずもないからきっと違う。毛布に包まれた彼女の体を温めるようにさすり、教えて、と私はレティシアの顔を覗き込んだ。


「あなたの体のこと、全然判らないの。水の中の方が良い? こうしていて寒くはない?」


 少女とは言っても私とそう変わらないように見えるレティシアはコクリと小さく頷いて、もぞもぞと動いた。包まった毛布の下で何かを取り出しているらしい。


「ちょっとだけ人になる薬、もらったから。これを飲めば陸でも大丈夫」


「え、そ、そんな薬、大丈夫なの?」


 驚く私にレティシアは頷いた。ちょっと良いかな、とロディが口を挟み、私たちは揃ってロディを向いた。ロディは困惑したように私たちを眺め、ライラと、レティシア、と確かめるように尋ねる。私たちは首を傾げ、ロディを見つめた。


「きみたち、声がそっくりだ。どっちが話しているのか判らなくなるよ」


「え」


 私たちはお互いに顔を見合わせた。そんなに似ているとは思わなかったけど部屋にいる人が誰も否定しないからそうなのかもしれない。


「レティシア、何処も痛くないというのは本当だね? 此処にはキミの体のことが判る魔術師がいない。でも何か助けになればとは思うから、遠慮なく言うんだよ」


 ロディがそう言えばレティシアはまた小さく頷いた。いつもは胡散臭い笑顔になるロディだけど、こういう時は優しい目になるのは何か理由があるのだろうか。


「ところで人になる薬、というのは」


 ロディが話を戻すとレティシアは毛布の下から手を出した。首から下げた貝の飾りを持っている。開くようになっており、ぱかりと開くと中からは小さな丸い石のようなものがひとつ入っていた。真珠だね、とロディが言えばレティシアはまた頷く。


「あたし、王子様に会いに来たの。あたしの、婚約者に」


「──……」


 言葉を失ったのは、私だけではないようだった。




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