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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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13 海辺の国のもてなしですが


 海での戦闘が終わった頃を見計らって私とセシルは皆を追いかけた。砂浜は歩きづらくてすぐ足を取られる。何度も転びそうになりながら私は戦闘を終えた皆に合流した。


「彼らが海の魔物討伐に力を貸してくれる冒険者だ。皆疲れているだろう。休憩を多く取れるように体制を作り直す。手伝ってくれるね」


 ジョエルが兵士たちを激励し、それからロディたちを振り返る。慣れない海辺での戦闘もラスやロディ、リアムには関係がなかったようで息ひとつ上がっていない。全員が頷くとすぐに作戦会議に入り、私も招かれて仮の詰所に足を踏み入れた。


 仮とはいえ建物としては頑丈で、ちょっとやそっとの嵐ではどうということはなさそうな造りだ。中は手狭ではあるものの、兵士たちの詰所として仮眠室から食堂から部屋数もあり、思ったよりも広い。


「これを見てほしい」


 ジョエルが声をかけて地図を広げた。ほとんどが海を描いたそれは多くの印がついている。魔物が何処から現れてどう陸へ近づいたかが書き込まれているらしい。


「此処の兵団長をしているパトリックだ。彼がこれまでの戦績をとってくれている。これを見てどう思う?」


「……此処、魔物の巣があるんじゃないのか。此処を叩けば良い」


 リアムがサッと視線を走らせただけで把握したのか、人差し指でとある箇所を差した。うん、とラスも頷く。


「あたしも同意見。これを放置していたら無限に出てくると思う。魔物の成長速度は思っているより早い。後手に回ってるといつか取り返しがつかなくなる」


 二人の意見にパトリックがほぅ、と感嘆の声をあげた。ジョエルを向いて素晴らしいと二人を褒める。


「腕の立つ冒険者ですな。これは期待できる」


「そうだろう」


 ジョエルは自分のことのように嬉しそうに笑った。パトリックは三十代くらいの、それでもまだ若い人物だ。他の兵士が若いから重鎮に見えるけれど、彼だって二十年前の惨劇の時にはまだ剣も握っていない少年だったはずだ。ロディの風貌を見て思うところはあるらしいものの、ジョエルが触れないことで兵士たちは誰も触れない。じろじろと見る目は止められないようだけれど、ロディはそれは仕方がないと受け入れているようでもあった。


「恐らく我々が相手取っているのは魔物の幼体、まだ子どもです。だからこそ我々でも対処ができた。けれど巣の中で外には出ない魔物が育っていたら? 我々の手に負えないような魔物が。それに子が産まれるということは何処かに母体があるはず。それがある限り、魔物は産まれ続ける」


 セシルの表情が微かに曇ったのが視界の端に見えた。魔物も生きている。自分の世界を広げるのは生きていればきっと当然で、それを人間の都合で排除しようとするのは勝手なことに映るのだろう。でもきっとそれも、自然なことだ。私たちも、生きているから。縄張り争いをすることはある。


「船なら出せます。冒険者の方々、その巣へ向かって頂くことはできますか?」


 パトリックの提案にラスとリアムが顔を見合わせた。二人が揃ってロディを向く。何だい、とロディは困惑したように二人を見た。


「足場の悪い船の上だ。あんた、岩場を出現させることはできるか」


「悪いけど、土の魔法との相性はすこぶる悪いんだ」


「落ちないように海の水に言うことを聞かせるとかは?」


「キミらが思っているようなものではないかもしれないけど、できなくはないね」


 決まりだ、とリアムが即答した。流れが速すぎて私にはついていけない。リアムはロディの魔法がどんなものか見なくても良いのだろうか。それにもっと細かい作戦とか、打ち合わせとか、そういうのは。驚いているとラスもロディもそれで良いと判断したのかパトリックへ視線を戻していた。


「船はいつ出せる」


「明日。先ほどの戦闘で今日の待機できる兵士は出尽くしてしまった。体力に余力はありますが、無理を重ねることはしたくない」


 は、とリアムが短く笑う。嘲笑にも似た笑い方だった。


「よくそんなギリギリで踏み止まってきたな。魔物の襲撃が今日はもうないなんて言い切れないだろうに」


「いつもの傾向から言えば今日はもうないはずですが、絶対はありませんからな。仰る通りで。本当にもう瓦解寸前、というところであなた方がいらしてくださった次第です」


 パトリックは微笑んでリアムに返した。ふん、とリアムは視線を逸らす。運が良かったな、というそれはどういう意味合いで零された言葉か判らない。


 ところであなたは、とパトリックに視線を向けられて、ライラです、と慌てて頭を下げた。


「非冒険者の“適性”しかない歌姫なので討伐のお役には立てないかもしれないですけど、皆さんのお暇を少しでも紛らわせられればと思います」


「歌姫……」


 パトリックは微妙な間を持たせたけど、そうですか、と優しい声で返してくれた。


「ライラちゃんの歌は良いぞ。心が洗われる」


「ジョエル様……ははは、それは良い。どうぞ歌姫様、ジョエル様のために歌って差し上げてください」


「え、はい」


 言葉に滲んだ違和感を掴みきれず、私はただ頷いた。


 魔物の襲撃は止み、私たちは城へ戻って心ばかりのもてなしを受ける。詰所の兵士は待機していなくてはならないからこちらへは来られないし、贅沢もできないから豪勢じゃなくて悪いとジョエルは苦笑した。それでも出来たての料理は美味しかったし、採れたてのお魚も美味しかった。


 それでも微妙に盛り上がりに欠けたまま、夕食を終えて私たちはそれぞれの部屋に案内される。今まで女性同士だからとラスと同室だったけれど、お城はお部屋が多いみたいでひとりひと部屋をあてがわれた。すぐ隣だから、とラスには表情を見られて笑われたけれど、私は心細い。それでも無理矢理に笑って、おやすみなさい、と部屋に入る。


 窓を開けて、少しベタつく潮風とやらを感じてみた。波の音は耳に心地良い。この海に魔物がいるなんて、穏やかな音だけ聴いていたら信じられないくらいだ。でも視界に入る海はもう真っ暗で、何を抱えているか判らない。


 そういえば、ロディが綺麗だと言っていた夕日を見逃してしまったなと思って少し残念に思った。もてなしを受けていたらあっという間に夜になってしまったのだ。


 窓を閉めて私はベッドに潜り込む。夜の海のようにまだ何かを見せていない気がするこの国に、少しだけ恐ろしさを覚えながら。




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