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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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12 戦闘を見守ってですが


「……確かにボクは“海から来た者”とやらの血縁かもしれないけど、それは別に関係ない。それが判ったところでボクには何も影響しないからね」


 ロディが口を開いた。思ったよりも穏やかだけれど、思ったよりも硬い声だった。やはり此処まで似ていてはロディの根幹に関わる部分に触れているのだと思う。既に火傷にも似た痛みを私でさえ空気に感じているのに、ロディ本人はどれだけ痛いだろう。この国に大きく関わりそうなところをロディは綱渡りで歩いていく。


「ボクは遠く離れたウェノア村のロディだ。それ以上でも以下でもない」


「ロディを形作ったのがその村なら、私もそれで良いと思う。皆で過ごした場所で、皆がいたからきっと今のロディがいると思うの。もし此処で産まれて、此処で育っていたならそれはきっと違うロディだから」


「ライラ」


 ロディの言葉を肯定したら、ロディが驚いた目で私を見た。それからすぐに柔らかく細めて、嬉しそうに笑う。僕もその考えに賛成、とセシルが続けた。


「何処で産まれたとか、誰から産まれたとか、そういうの関係ないと思う。誰に育てられて、誰の影響を強く受けるかだと思うし。それも育った後だって同じだよね。そうじゃないと僕はずっと変われない」


「まぁ見た目に強く出てるからそう思うんだろうけど、ウェノアのロディはそれはそれは神童として村の中では名を馳せたんだ。今更違うところの生まれだとか言われても、誰も受け入れられないさ。あたしも、村の連中も、あいつらも、本人もね」


 セシルの後にラスも続いて、ロディは驚いたようだったけれど照れ臭そうに笑った。そういうわけだから、とロディはジョエルを向く。ジョエルは複雑そうな表情でロディを見ていた。


「見た目に拘られても何も返してあげられるものはない。ボクらは海の魔物を討伐する手伝いをしに来ただけだからね。今後この話はキミからはしてこない、ということでどうかな」


 他の人はするかもしれないけれど。ジョエル自らは話題に出さないことを提案し、ロディは柔和に笑んだ。いつもの胡散臭い笑顔ではない、優しさに満ちたもののように見える。どうしてそう笑うのかは分からないけれど、ジョエルは一瞬目を逸らし、そして渋々ながら頷いた。


「言っていることは尤もだし、言われてみれば詮ないことでもある。ぼくからはもう言わない。それで良いかい」


「勿論だとも」


 ジョエルの返答にロディは満足そうに頷いた。その笑顔は胡散臭くなっていたけれど、嬉しそうでもある。でも声には安堵が滲んでいる気がして、少し不思議に思った。


「話はついたか。さっさと詰所とやらに案内してもらいたいんだが」


 押し黙っていたリアムが口を開いた。あぁ、とジョエルは苦笑してこちらだと先導する。ヴィクトルが続いて、私たちもぞろぞろとその後について行った。


 お城を出て崖の横を切り崩して作った階段を降りていく。砂浜の上には簡易的な建物が建っていて、それが詰所だとジョエルは説明した。一時的に建てたものをもう何年も使っていると。


「魔物が思ったより頻繁に来るようになって仮の建物のまま此処で押し留めているんだ。本当は防衛の要だからもっと潤沢に予算も使いたいんだけど、優先している方だからこれ以上は……」


 ジョエルは苦笑した。それから私たちを振り返って何かを言おうと口を開きかけたところで、詰所が騒がしくなってまた視線をそちらへ戻した。私もジョエルが向いた方へ顔を向ける。武器を手に詰所から人が続々と出てくるところだった。


「どうした!」


「ジョエル様っ」


 不穏な気配を感じ取ったジョエルが駆け出し、ヴィクトルが間髪入れずについていく。リアムも駆け出し、ロディとラスも顔を見合わせると後を追った。私も続こうとしたところでセシルに制される。


「お姉さん、待って。僕らは近づかない方が良いんじゃないかな。様子を見た方が良い。海の魔物なんて見たことないんだから」


「セシルも?」


 驚いて尋ねれば、うん、とセシルは頷いた。目が油断なく海の方を見ている。


「僕は基本的に魔物使いだから契約前の今は討伐に向いていない。でもウルスリーの湖で契約した主ならすぐ来てくれる。知らない魔物相手でもあの主ならお姉さんを守れるから」


「……」


 思わず言葉を飲み込んだら、気にしないで、とセシルに優しい目を向けられた。


「お姉さんにはお姉さんにしかできないことがあるし、お姉さんなりの戦い方がある。僕らみたいになる必要はない。お姉さんにできないことで僕にできることなら、それは僕がする」


 差し当たっては、とセシルは視線を私から海に戻して様子を窺った。剣戟と怒号、ロディのものと思われる魔法が放たれる音が聞こえてくる。海の魔物はこうして陸に近寄っては詰所の兵たちに追い払われているらしい。どのくらいの頻度でくるか分からないけれど、仮の建物をずっと使い続けるしかないほどの頻度ならそれは疲労も溜まっているだろうと思う。


「お姉さんの歌に癒される人がいるんだから、その準備をしておいて。特に王子なんてまた子守唄をねだるかもしれないから」


 戦えない私でもいる意味があるとセシルに言ってもらえた気がして、嬉しさと申し訳なさが胸の内に生じた。自分よりも年下の少年に守ってもらうことへの罪悪感や無能感もあるけれど、それでも私に冒険者としての“適性”はないから、セシルが言うように私は私のできることをするだけだ。


「ありがとう、セシル。落ち着いたら皆のところに行きましょうか」


 そう答えれば、うん、とセシルは頷いた。満足そうに口角が上がっている。そうしてしばらく様子を窺い、勝鬨が上がったのを合図にするように私たちは足を踏み出した。



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