11 海辺のお城ですが
ガラガラ、と馬車の車輪が地面を進む音が響く。私は幌から顔を出してなるべく愛想良くニコニコしていたけれど、そろそろ限界だ。セシルは露骨に顔を顰めるからラスに顔を出さないよう早々に言いつけられている。
「……どういう感情の表情なんだろうね」
ラスなりに愛想の良い顔をしながらも小さく私に尋ねてくるから、分からない、と正直に答えた。馬車の音に、市街地の人々は作業していた手を止め、家の中から窺い、私たちを観察しているように見えた。というか、主に、ロディを。私たちも興行で来たわけではないから別にこの道行さえ楽しませようとはしなくて良いけれど、ずっとニコニコしているのも疲れてしまう。特に歓迎されているわけではないのを感じるから余計に。
歓迎はされていない。けれど拒絶もされていない。観光資源のない場所へ何のために来たのかと訝しがられているような、そんな印象を受ける。ジョエルが特に喧伝するつもりはないと言っていたし、事実まずは王様に報告して謁見して滞在の許可を得る必要があるから此処で馬車を止めて説明を始めるようなことはしないけれど。
「海の魔物が此処に住む人たちの生活を脅かしてるのは間違いないみたいだけど」
はぁ、とラスが息を吐く。
「もう少しで城だから。頑張んなよ」
「代わってほしいくらいなんだけどね」
御者台に座るロディにかけたラスの言葉に、ロディは苦笑して返した。でも交代するには馬車を止めなくてはならない。できないことを解りながらそんなことを言うロディが珍しい気がした。それだけロディに注目が集まっているのだろうと思う。
前を行く馬車からはジョエルが顔を出していた。誰に声をかけることもなく、誰から声をかけられることもなく、ただ寂しそうに街並みを眺めている。時折、小さな子どもに手を振られて振り返しているらしいのが見えた。今日はリアムは御者台にいるらしい。黒い外套が時折はためいた。
人が住む場所とは思えないほど荒れ果てた市街地を抜け、馬車は城へ向かった。遠目に見ると立派に見えたけれど近くで見ると城壁に二十年前の襲撃の跡が見て取れる。城にも修復の手が回っていないのだと思うと、防衛に手一杯なのだとひしひしと伝わってきた。
門番とヴィクトルが話し、私たちも招かれた。ただ馬車は降りて、王家の馬車の御者が私たちの馬車も預かってくれることになる。徒歩で私たちは城内へ進んだ。
白亜の城は中も人手が足りないことを感じた。国防のための兵力へ回しているのかもしれない。必要最低限の掃除はされているけれど、天井の隅に蜘蛛の巣が張っているのを見つけてしまった。そういう細かいところはとても手が回る状況ではないのだろうと思う。
「こっちだ」
ジョエルが先導し、ヴィクトル、リアム、そして私たちが続いた。そのままついていったら謁見室の前に辿り着いて私は緊張する。だって王様になんて、会ったことがないのに。急にそわそわした私をラスが笑った。
「だ、だって、ラス、私、緊張しちゃって」
「大丈夫。堂々としてれば良いから」
王様に会うのにいきなり、着の身着のまま訪れても良いものなのだろうか。それさえ分からないのに。ラスもロディも全然動じていないから王様と謁見するのは初めてじゃないのかもしれないし、セシルもそうだ。ジョエルが扉を開ける前に私は胸に手を当てて深呼吸をした。
開いた扉の向こう、広い謁見室の奥に玉座がある。其処に座るのは大柄な男性だ。肘掛けに右腕を置いて私たちを待っていたように見えた。ジョエルと同じ黒髪で、陽に焼けた肌をしている。
「父上、ただいま帰りました」
ジョエルが報告しながら部屋に足を踏み入れる。王は私たちを順繰りに見て、やはりと言うべきかロディを見て瞠目した。そんなにロディの外見はこの国の人たちにとって注目するものらしい。ジョエルとヴィクトルも最初そうだったから、そういうものなのかもしれない。ロディももう顔には出さなかった。
「シクスタット学園は今年、一番星の選出を行いませんでした。なので妃となる女性をお連れできませんでしたが、腕の立つ冒険者たちが快く協力してくれると。彼らがそうです」
ジョエルは端的に旅の経緯を伝え、私たちに腕を伸ばして紹介してくれた。私たちはそれぞれ会釈して王様に挨拶をする。王が口を開く前にジョエルがまた言葉を続けた。
「海の魔物討伐に力を貸してくれます。早速、兵たちにも紹介してきますので、これで失礼します。さぁ、兵の詰所はこちらだ」
やや強引にも感じるジョエルに促されながら、私たちはすぐに謁見室を後にした。目まぐるしく城の中を案内され、私は何処がどうか、全然覚えられなかったけれど出会う人出会う人、誰もがロディを見て驚くことには慣れた。
「次は実際の前線に詰めてる兵たちのところと思うけど、その前に良いかな」
ジョエルはまた別の方向へ足を進めた。私たちはただそれについて行くだけだけど、辿り着いた先はいくつもの絵画が壁にかけられている展示用の廊下のようだ。埃除けなのか、布がかけられていて、すぐ横の紐で開閉を行うことが窺われた。
「此処にはあまり人を入れない。王家の者の姿を収めたところなんだ。でも、見ておいてもらった方が良いと思う。特にきみ、ロディ」
名指しで呼ばれたロディは表情で応えた。片眉を上げてジョエルを促す。ジョエルは一番奥へ進み、紐を引いて閉められていた布を開いた。現れた絵に、私はあっと声をもらす。声をあげたのは私だけのようだったけど、息を呑んだ人は他にもいた。
「ぼくの母だ。海から来た者になる。きみはとてもよく似ているんだ」
それは光の差し込む場所で描かれた絵だったのだろう。陽に当たった髪は白く輝き、陰になる部位は金のようにも描かれている。白皙の肌に深い青のドレスはとても似合っていて綺麗だ。碧い目が優しく細められて、柔らかく笑んでいる。まだ幼さを少しだけ残したようにも見える、純粋そうな綺麗な女性だ。確かにロディに似ている、と思う。
「海から来た者に子どもが似ることはある。総じて美しく、海から来た者とあまり見分けがつかないらしい。ぼくらがきみを見て驚いたのも無理はないと思ってほしい。そして母の姿を知る者は皆、きみを見ると驚くだろうな。この絵は長いこと城の目立つところに飾られていたから」
絵を見てからロディを見ることはできなくて、私はただロディの返答を待った。