表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/357

17 決意を固めた夜なのですが


 怖くないかい、とモーブは優しく私に尋ねた。モーブの大きな手が泣いている私の頭を撫でてくれる。私は何に対して訊かれているのか分からなくて答えられなかった。


「ボクは出発前夜、凄く怖かった。気の置けない馴染のみんなと出る旅だから全く心細くはなかったけれど、いざという時、勇者としての何かを求められた時、ボクにそれができるのか不安で堪らなかった」


 できることなら勇者を代わってほしいとさえ思っていた、とモーブは苦笑して言う。


「でも誰も代われるようなものじゃない。みんな優しいから、できるなら代わりたいと言ってくれるだろう。だけどこの重苦しさを他の誰かに背負わせるなんて、弱いボクにはとてもじゃないけどできないんだろうね」


 キミには背負わせてしまうけど、とモーブはまた苦笑する。


「キミは、キミにできることを。自分にできること以上のことをしようとすると、とんでもなく大変になるんだ。キミができるようになりたいこと、キミが得意なこと、キミにしかできないこと。それを常に念頭に置いて、難しい時は周りを頼って。ライラ、キミならそういうことができるとボクは思っているよ」


 モーブは穏やかに言葉を紡ぐ。私の涙は段々と落ち着いていた。だからしっかりと頷く。


「ボクの周りには優しい人しかいなくてね。優しいから誰かを傷つけてしまうし、誰かが傷ついた姿を見ただけで傷ついてしまう。それはライラ、キミも同じだ」


 モーブの大きな手が、私の頭を軽くぽんぽんと叩く。


「これから先、色んな痛みを知ることになると思う。その度にキミは傷ついて、涙を流してくれるんだろう。キミ自身や誰かはそれを“弱い”と言うのかもしれない。けれど痛みに強くある必要はないとボクは思う。痛いものは痛いし、それで正しい。大切なのは、傷を放置しないことだよ、ライラ」


 いいね、とモーブは言う。約束してくれとも。あまりに真剣な色が滲んでいたから、私は頷くことしかできなかった。それでもモーブは安堵したように息をつく。


「体の怪我はロディが治してくれるだろうけど、心の怪我は彼でも難しいからね。彼は遠慮しないでと言うだろうけど、薬草で対処できるような怪我ならそうしてほしい。あと、意外と無茶しやすいところがあるからキミも遠慮しないで無茶だとはっきり言ってあげて。

 ラスはしっかり者だけど意外とうっかり屋さんでもあるんだ。致命的なミスはしないしそこが魅力でもあるんだけど、彼女自身はしっかりしていないダメな自分と落ち込みやすいから可能なら何も問題ないこと、心配要らないことを伝えてあげてほしい。剣士をしているから武骨な印象を受けるところもあるかもしれないけど、ああ見えて可愛いものが大好きだから、そのふさふさ尻尾君のことを実はとても気にしていると思う」


 私の肩に微動だにしないで乗っているコトを指差してモーブは笑う。自分が話題に上ったらしいと気付いたのかコトはふさふさ尻尾を左右に振ってみせた。私の頬をくすぐるものだから、私も思わず笑い声をあげる。


「うん、やっぱり笑っていた方がキミは良いね。パッと明るくなるし、見ている方も安心する。だからと言って、笑っていないといけないという意味ではなくて」


 モーブは言葉が見つからないのか視線を落としたが、すぐにいつもの優しい笑顔を浮かべた。


「ハルンからキミの訓練終了の話を聞いたら、出発しようと思う。キミの旅が幸多からんことを願っているよ」


 祈りの言葉を紡いで、モーブは微笑む。私も同じように微笑んだ。


「私も、あなたのこれからが幸せでありますようにと願っています」


 はは、とモーブは照れ臭そうに笑った。私の頭を撫でてくれた手で自分の頬をぽりぽりと掻く。それから私をじっと見て、歌ってくれないかと静かに切り出した。


「この星空に似合う歌を知っていたら、ぜひ」


 モーブの視線につられて私も夜空を見上げる。宿の窓から見上げた星空と同じ景色が広がっていた。街の灯りも喧騒も届かない道を選んで通ってきたモーブについてきて辿り着いたのは、街から少し離れたところにある丘だった。夜風が優しく頬を撫でて通っていく外で、私は是の答えをモーブに返した。モーブは嬉しそうに笑う。


 星屑の歌を私はモーブにだけ向けて歌い出す。夜空でお喋りを楽しんで瞬く星の歌を。


 モーブは目を閉じて聞き入ってくれた。私が歌い終わってお辞儀をすれば、惜しみない拍手と笑顔をくれた。私はきっと今日のこのモーブの笑顔をずっと忘れないのだろうと、彼の笑顔を見て思った。


 ……翌日、ハルンの訓練が少し、いやかなり厳しかったのは二人で連れ立って歩くのを見てしまったせいだと後になって知ったのも、良い思い出になった。無事に誤解と分かってくれたハルンが真っ赤になって駆け出してしまったのを追いかけたのが相変わらずキニだったのも、私にとっては楽しい一幕だった。


 私は忘れないだろう。このヤギニカの街で過ごした楽しい日々を。たとえこの先、どんなことがあったとしても。


 そう感じたのだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ