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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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5 理想の未来ですが


「王子様は素敵な方だから、きっと相応しい素敵なお妃様が現れますよ」


 私が涙を拭いながらそう言うと、王子はからりと笑った。ありがとうと優しい声で返ってくるそれは何だか懐かしい気がした。


「ライラちゃんがそう言ってくれるならそうなんだろうな。でも待ってるだけじゃいけないだろう。海から来る魔物のことがひと段落ついたら、またお妃探しに行かなくちゃ」


 あぁそれから、と王子は私を真っ直ぐに見ると口を開く。


「ジョエル。ぼくの名前。王子様なんて立派な肩書きだけあったって仕方ない。どうかぼくのことはジョエルと、そう呼んでほしい」


 真っ直ぐな目の奥底に潜む願いに気がついた気がして私は気づけば頷いていた。満足そうに笑うジョエルは見たかヴィクトル、と隣の従者に声をかける。


「ライラちゃんが頷いてくれたぞ。国外ならぼくの魅力も通じるかもしれない。自信が持てるな」


「え」


「ジョエル様、そういうことは目の前で言うものではありません。それにジョエル様は何処に出しても恥ずかしくない王家の方です。俺が保証します」


「そうなのか。悪かった、ライラちゃん。浮かれてしまった」


 従者のヴィクトルにぴしゃりと怒られて、けれど保証もされて、ジョエルは素直に聞いていた。ジョエルとヴィクトルは同じくらいの歳の頃に見えるけれど、従者もしつつ教育係でもあるのかもしれない。


 いえ、と答えながら私は二人を観察する。ジョエルもヴィクトルも私より少しばかり年上に見えるし、ジョエルの話からも二十歳頃だと思われた。物静かなヴィクトルは冷静に周囲の情報を集めているようだ。ジョエルはヴィクトルに頼りきりなように見える。でも国のことは自分の頭で考えているから任せきりなわけではない。全幅の信頼をヴィクトルに置いていると捉える方が良いだろう。


「ところで海辺の王国って遠いの」


 セシルの言葉にジョエルは視線をこちらへ戻した。馬車で二日ほど、かかるらしい。今晩は何処かで宿を取る予定だとジョエルは言う。


「冒険者であるきみたちは野宿も慣れているのかもしれないけど、わざわざ硬い地面で寝る必要はないよ。貧乏王家だから贅沢はさせてあげられないけど、きみたちを泊めるだけはあるから心配しないで」


「そういうつもりで言ったんじゃないけど……。海を早くお姉さんに見せてあげたいなって思っただけ」


 セシルの返答を聞いてジョエルが驚いたように私を見た。もしかして海を見たことがないのか、と問われて私は頷く。海を見たことがないのは珍しいのだろうか。そう思ってしまうような反応だった。


「そうか、それは、見せてあげたいな。魔物の出る海だけど、出ない時は本当に綺麗なんだ。一日中見ていたって飽きない。特に昔はそうだと聞く。ぼくも昔のことを話す老人たちの言う海を見たことはないけど、今でも充分綺麗だ。寒い季節だから夏とはまた違った趣があるけど、ぼくは好きだよ」


 ジョエルの目が好きなものを話す人特有の、キラキラした輝きを見せるから私もわくわくしてしまう。本当に故郷を愛していることが伝わってきて、だからこそ何とかしたいと足掻いているのも伝わってきて、その一生懸命さに好感が持てた。


「私もジョエル様がお好きだという海、見てみたいです。楽しみにしていますね」


「……ライラちゃんて、良い子だなぁ」


 しみじみとジョエルが言うから私は驚いて目を丸くした。セシルが隣で頭を振っている。ヴィクトルが小さく息を吐くのが見えた気がしたけれど、どうして三人がそんな反応をするのか私には判らない。首を傾げていたらジョエルにくすくす笑われてしまった。


「ぼくの好きなものをきみにも好きになってもらえると良いなと思うよ。魔物が出る海じゃなくなればまた泳ぐこともできるようになるし、人も戻ってくる。漁にも出られるようになって活気付く。そうして暮らす人たちが笑顔でいられる国を、きみにも見てもらいたい。きみはきっと、それも素敵だと言ってくれるだろうから」


 優しい目が細められて私は頷いた。そうなったら素敵だと思う。


「ジョエル様が思い描く未来は素敵です。その未来を思い描けて、その未来に向かって進んでいけるなら、いつかきっと実現できます。そうして其処に暮らす人のことを考えられる人なら、素敵な国になるでしょうから」


 私の言葉にジョエルはハッと息を呑んだように体を強張らせる。それに気づいても理由に思い当たらなくて私は言及するのを避けた。ジョエルは優しい目をそのままに、掠れた声で私に問う。


「そう、思う?」


「思います」


 本当にそう思うから頷けば、うん、とジョエルも頷いた。嬉しそうな表情を向けられて私も何だか嬉しくなってしまう。


「ヴィクトル」


「ダメです」


「まだ何も言ってないじゃないか」


 ジョエルが隣のヴィクトルを振り向くと同時に返答がやってきてジョエルが苦笑した。聞かなくても判ります、とヴィクトルが息を吐くように続ける。


「一時の感情で突き進んだとして、心労を重ねるのは貴方ではありません。他者に押し付けて平気でいられる貴方でもありません。総合的に鑑みて、ダメですと申し上げました」


 そうか、とジョエルも仕方ないとばかりに息を吐いて答える。私には二人のやり取りが分からなくてただ見守っていた。セシルは怖い顔をしていたけれど。


「お前の言うことも(もっと)もだからな。残念だけど諦めるよ。大蛇に食い殺されたくないし」


「賢明な判断かと」


 はぁ、とジョエルが盛大に溜息を吐いた。セシルがふんと鼻を鳴らす。何かに微苦笑し、ジョエルが私を見て再び歌をねだった。


「きみの歌は母を思い出す気がする。記憶にはないけど、ぼくも聞いているはずなんだ。産まれてすぐの僅かな間に聞いた母の子守唄を。国に戻ったらそんな簡単には頼めなくなるから、今だけ、良いかな」


「喜んで」


 何度も何度も、願われるならば何度でも。揺れる馬車の中、私はまた子守唄を唇に乗せたのだった。



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