3 海の魔物討伐依頼ですが
魔物討伐の依頼は初めてではない。ラフカ村でもそうだったし、その次のロゴリの村でも神様と偽った魔物を結果的には退治することとなった。王子の目は真剣で、嘘を言っているようには見えない。
「どうする?」
ラスの問いに、話だけでも聞きましょう、と私は返した。求婚を断らざるを得なかった手前、依頼も断ったのでは申し訳ない気がしたのだ。
「ありがたい。我が国は海辺の王国であるからこそ海から来る者とは友好な関係を築いてきた。人と恋に落ちる者もあり、子を成すこともできた。海から来る者は魔力が大きいせいか、その子も膨大な魔力を持って生まれてくることがほとんどだ。でも、海から来るのは友好的な者だけじゃない。侵略の意図を持って海から来る者もある。ぼくらはそういうものから国を、人々を守らないとならない」
王子が目を伏せた。
国、となると私はもう大きさが判らないけれどヤギニカにもスノーファイにも外から来る魔物を隔てる関所があり、門があり、其処を守る人がいた。ビレ村は女神様の力で守られていると司祭様は言っていたけれど、ロディが興奮した様子で司祭様は凄い人だと言っていたから司祭様がロディの魔法のように村を守ってくれているのかもしれない。いずれにしても誰かが其処に住む人を守っている。きっと海辺の王国であるセシーマリブリンでも同じようなものなのだろう。
「最近、海が荒れているんだ。いや、海から魔物が来るのはここ十年くらいはずっと続いている。二十年ほど前には大きな争いがあった。多くの民が命を奪われ、多くが国を捨てて逃げた。王家は太刀打ちできなかった。第一王子も王妃も死んだ。残ったのは役立たずと罵られた王と、無能な第二王子だけだ。復興目指して色々やるんだけど、どうにも海から来る魔物に手を焼いていてね」
伏せていた目を上げて王子は笑った。そんな表情で話す内容ではないように思うのだけれど、指摘するのも憚られる様子で私はただ言葉を飲み込んでいた。
「先の争いで王は片腕を失った。第二王子に王位を譲ろうと考えているんだけど、支えてくれる人が必要でね。高名なシクスタッド学園の一番星に選出される生徒なら腕前も充分。でもその子にだけ負担を強いるなんてできないから、腕の立つ冒険者でもいればと思っていたんだ」
はは、とまた乾いた笑い声をあげて王子は虚ろに笑う。そのお妃様探しは徒労に終わってしまったのだから何も言えない。
「学園の不穏な噂さえ知らなかった。訪れるのも初めてだから雰囲気の違いがあったとしても判らなかった。来てみたら来てみたで可愛い子は沢山いるけど一番星のために生徒を危険に陥れても構わない子はいるし、魔物は入り込むし。そんな中で危険をかえりみずに状況に対処する子がいたから求婚を申し込んだら……ねぇ、本当にきみ、女の子じゃないの?」
「しつこいな。違うって言ってる」
諦めきれないらしい王子がセシルに再度尋ね、五月蝿がられる。はぁ、と王子は溜息を吐いた。
「でもきみが優秀な召喚士なのは事実だ。きみたちの行動も見ていた。其処の用心棒も同じだ。腕が立つ冒険者がいるのは不幸中の幸いだった。危機的状況の我が国を救って欲しい。手強い相手が人間側にいると解れば海から来る魔物も手は出してこない」
「何故そう言い切れるんだい。もっと強大な魔物を連れて来るかもしれないじゃないか」
ラスが当然の疑問を投げ返すと、従者が口を開いた。
「可能性はあります。が、海から来る魔物の脅威が一時でも去れば、人が戻るかもしれない。海から来る者の行き来も戻るかもしれない。人が戻れば活気が戻ります。人々の往来が増えれば国の存続も多少は行いやすくなります。そうすれば武器の流通もしやすくなり、それを扱える人も更に増える。魔力が多い者が来れば魔術師も召喚士も増えるでしょう。何もないところから国防はできない」
その最初の一歩なのです、と従者は顔色ひとつ変えずに答えた。良いことばかりではないし、理想だけでは何もできない。そう言っているように聞こえて切なくなった。
「民に人気のない王家なんだ。できることは何でもしなくちゃ。海の者は美しいから、彼ら彼女らがまた来てくれるようになるだけでも随分と違う。ぼくとしても可愛い子は多い方が嬉しいし」
きみたちが来てくれたら、と王子は私たちを見回して続ける。
「その一歩が踏み出せるんじゃないかと思う。リアムは了承してくれた。リアムも充分に腕が立つけど、人数がいた方が負担が減るのは事実だ。ぼくも物見遊山でスノーファイに行ったわけじゃないと思ってもらえる……かもしれないし」
どれだけ人気のない王家なのだろうと思って心配になった。それと同時に此処まで冒険者を探さなくてはならない事態に追い込まれている事情も心配だ。軽い調子で話しているけれど、結構深刻な状態なのではないかと思う。
「どうする?」
ラスが尋ね、私は答えを渋った。行ったとしても私は戦えるわけではない。魔物討伐の依頼なら頼りになるのはラスやロディ、そしてセシルになる。魔力もなく非冒険者向きの職業適性しかない私が出せる答えではない。
それに今回は、ロディの様子も気がかりだった。出自に触れるようなところがあるなら、それを決めるのはロディでなければならないように思ったのだ。でもそれをそうとは言えず、言葉を探すしかない。
「僕、行きたいな。召喚士のこと少しでも知れるなら」
セシルが躊躇わずに希望を口にした。それがあんたのなりたいものなんだね、とラスが目を細める。セシルは少し驚いた様子だったけれど、そう、としっかり頷いた。
「行くべきだろう。元々、海には行くつもりだったんだから。海から来る者とやら、きっと人魚のことで間違いない。ライラが夢の中で示された道に近づくには避けても仕方ないし、避けて通れる場所じゃない」
「でもロディ」
ロディが行くべきと答えを出したことに少なからず驚いて私は声をあげたけれど、ボクなら大丈夫、と宥めるような声でロディは答えた。いつものように優しく目を細めて、胡散臭い笑顔で本心を隠してしまう。本当に大丈夫なのか判らないけれど、私に心配されるようなものでもないかもしれない。それ以上は言えなくて、私も頷いた。
「引き受けよう。冒険者として、海辺の王国の魔物討伐の依頼、引き受けたよ」
「ありがたい! 詳細は道中で説明するとして、早速向かおう」
王子の顔がパッと明るくなって、私たちは馬車を進めることにした。