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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
7章 星屑の歌
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2 断らざるを得ない求婚ですが


 困惑しているのはどちらも同じだった。王子と従者はロディの顔を見つめたまま固まっているし、ロディまで困った様子で助けを求めるように視線を動かして私たちを見た。私もラスも何がどうなっているか分からなくてただかぶりを振るしかない。


「失礼。もしや貴方は海辺の王国、セシーマリブリンの出身では?」


 従者が気を取り直したように咳払いし、ロディに尋ねた。ロディは驚いたように目を丸くし、何故、と短く問い返す。


「貴方の目は海の色と同じです。同じ色の目をした者が我々の国には多くいるのですよ。海から来た者との間に生まれる子には海色の目をしていることが多い。もしや貴方も、親は」


「……悪いけど、ボクが何処出身だろうが、親が誰であろうが、キミらには関係がない。キミらの知っている誰かに似ているのかもしれないけど、ボクには関係ないよ。それに確かめることはできない。ボクは孤児だからね。親のことはひとつも知らない」


 はっとしたように従者も王子も息を呑んだ。私も知らず言葉を失う。ロディはラスやモーブたちと同じ村出身だということは知っていたけれど、反対にそれしか知らなかったことに気がついた。


「仮にボクの生まれが海辺の国だとして、その“海から来た者”は海から離れて生きられるものなのかい? ボクの出身の村は此処から遠く離れている。辿ることはできないよ」


 ロディが目を細めて微笑んだ。穏やかないつもの笑みのようなのに、拒絶を含んでいる気がして胸が痛む。ロディもきっと触れられたくないものなのだ。自分から触れることもなかった。でも。


「その辺にしときな。今回はそんなこと話に来たんじゃないんだから」


 ラスがロディに言葉をかけた。いつものような気軽さで、気楽さで。ロディはそれに応えるように苦笑し、そうだね、と返した。


 でもラスは知っている。だからフォーワイトの院で彼の様子を気にするように私に頼んだ。親のいない子どもたちが集まる場所だからこそ。


「この度はボクの妹に求婚をありがとう。でも残念ながらセシルはボクの妹じゃないし、何なら女の子でさえない。一番星の選出はなかった。それを理由にセシルを花嫁にするのは諦めてほしい」


「……は?」


 王子も従者もすぐに返答ができなかったようだった。目を丸くして、言葉の意味を理解して、それでも意味が解らなくて疑問符を返す。成り行きを見守っていたセシルが目の前の王子に、そういうことだから、と言い放った。


「信じられないなら証拠もあるけど。僕もそのうち声変わりをするだろうし、背だって伸びる、はずだし。男だから。悪いけど、王子と結婚はできない」


「……本当に?」


「本当に」


 王子が念押しし、セシルが頷く。嵐のような灰色の目が嘘を言っていないことを王子も信じたのだろう。がっくりと肩を落とし、地面に両膝をつくとそのまま地面に倒れて頭を抱えた。


「あああああ〜〜〜〜っ! どうしていつもこうなんだっ!」


「ジョエル様。人前でそれはいかがかと」


 王子の行動に私たちが目を丸くしていると、従者が(たしな)めるような声で王子に話しかけた。だってヴィクトル、と王子は恨めしげな声で答える。


「こんなことある? 可愛い女の子だと思ったら男だったとか、挙句断られるとか、そんなことある? もう嫌になっちゃったな……」


 よろ、と立ち上がった王子は虚ろな笑みを浮かべていた。はは、と乾いた声で面白くもないのに無理に笑う声も空虚だった。それから黒い目が私とラスを見る。


「君たちのどっちかでも良いんだけど……」


「え」


 そんな決め方で良いの、と驚いた私が答えるより先に、夜の声がした。


「やめておけ。それよりそいつらも腕が立つ。妃を連れて帰れないならせめて数だけでも揃えたらどうだ」


「リアム」


 王子たちの馬車の影から姿を現したリアムに私たちは驚いた。学園の用心棒をしている時から旅装束を纏ったままではあったけれど、更に外套を着込んでいて、ヴィレ村やヤギニカで会った時と同じ格好だった。完全に旅をするつもりでいるらしい出立ちだ。


「あの学園の騒ぎを鎮めたのはオレじゃない。あんたも見て聞いたんだろう。実力はとうに知っていると思うがな」


 リアムの言葉に王子は視線を逸らして少し考えるような素振りを見せた。あぁ、と私を見て思い出したように頷く。


「皆を聖堂に移動させた子だ。あの歌は良かった。海から来た者と同じと思ったけど、でも君、魔力を乗せていなかったね」


「私、魔力がないんです」


 そういうこと、と王子は納得したらしい。続いてラスを見て教師陣にいたことを思い出したらしく、女剣士、と零す。ロディを見て魔術師、セシルに目を留めると召喚士、と続けた。セシルが驚いたように目を瞠った。


「なるほど、確かに実力は充分だ。君たちは冒険者? 何故あの学園に?」


 確認するように問われ、私たちは顔を見合わせた。リアムがいるなら隠したところで意味もない。潜入のために学園にいることは知られている。理由や目的までは話したことはないけれど。


「嫌な予言があると聞いたから、です」


 私が答えると意外そうに王子は首を傾げた。


「学園長の依頼で?」


「いえ、勝手に潜入しました。学園長はご存知ありません。セシルの性別も、ロディの妹と偽ったのも、何もご存知ありません」


 王子様がどんな人かは分からないけど、学園長が知っていてセシルを学園に入れるのと入れないのとでは意味が違う気がして私は答える。リアムの忠告を思い出したのもある。セシルが学園の女の子に興味がなくても、そうとは捉えない人もいる。それで誰かに迷惑がかかるのは嫌だった。


「予言がある、それだけで?」


 アマンダのことを話すと長くなる。それでも話さないわけにはいかず、掻い摘んで予言を行う呪術師を知っていることを説明した。今回は関係がなかったけれど、入ってみなければ判らなかったこと、結果的にひとりの死者も出さなかったことは王子も承知の通りであることを理解してもらえたようだ。


「冒険者か。それなら、これは依頼だ。花嫁の件はもう良い。ぼくだって男の子を女の子と偽って連れていけないし、魔力がない子を連れていくこともできない。其処の女剣士さんは心に決めた人がいそうだ」


「な……っ」


 ラスは動揺したけれど否定しなかった。王子は私たちを順に見ると、真剣な表情で口を開く。


「今、我が国は海から魔物の侵略を受けている。この討伐に、手を貸して欲しい」



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