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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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25 絢爛の花園に残す爪痕ですが


 夕暮れが迫り、空に一番星が輝き出す頃、聖堂に生徒が集められた。来場客の中でも特別な来賓も招き入れられ、広い聖堂がぎゅうぎゅうになる。


 私は発表者である学園長の補佐のため、前方で控えていた。ラスやロディは壁際の教師陣の場所で立っている。リアムの姿はない。きっと外で用心棒をしているのだろうと思う。セシルやハンナたちは大勢の生徒の中に紛れてしまって見つけるのは至難の技だった。


 聖堂の扉が閉まり、しんとした静寂が聖堂全体を覆ったのを確認してから式典が始まる。女神様へ祈りを捧げる前に、学園長が口を開いた。


「今年は困難の多い学園祭となりました」


 疲れたような声だった。無理もないと思う。死者が出ると予言されても学園を開いて戻ってくる生徒を迎え、中止にせずに学園祭を決行した。いざ始まってみれば中に魔物が這入り込み、幸いにも怪我人も死者も出なかったから良かったものの、その心労は察してあまりある。でも、中止の選択肢を取らなかったのは学園長でもあるのだけど。


「けれどこうしてひとりも怪我をせず、欠けることもなく学園祭の終わりを迎えられ、ホッとしています。一番星の発表を行う前に、魔物侵入の件について皆に話しておきましょう」


 私は少し緊張した。セシルはロディたちに全てを話しただろう。ロディは事の顛末を報告済みだ。誰が何を企んでどんな行動に出たか、学園長の耳には入っているに違いない。もしその罪を、この大勢の前で告発されるようなことがあったら。女神様の前で嘘なんて吐けないけれど、でも、その生徒はもう此処にはいられなくなってしまわないだろうか。それとも赦されてはいけないことなのだろうか。


「今年は学園祭で死者が出ると予言が行われた、という噂が立ちました。学園側も否定はしません。

 その噂を信じた生徒、あるいはご家族はまだ長期休暇を取っていますが、予言は外れた。とはいえ現実になってもおかしくない事態にはなりました。見た人も多いでしょう。学園に、魔物が這入り込んだ」


 ひ、と息を呑む音がそこかしこで聞こえた。魔物を見たこともない生徒の方が多い。昼間見た姿を思い出して恐ろしくなっても仕方がないと思う。


「浅はかにも、今年の一番星が決まっていないと期待し、魔物を喚び込んだ。弱い魔物を学園内に侵入させ、聴衆の目前で退治しようとしていたと。当の本人には私から厳重に注意をしました。生家にも連絡を既にしています。皆さんにも知る権利はあるかもしれない。けれど私には生徒を守る義務がある。まだ彼女がこの学園の生徒である限り、今この場で、公表すべきではないと考えます」


 ざわ、と生徒たちからどよめきが走った。でも私は安堵する。学園長の判断が正しいかどうかは私には判らない。でも、此処で全校生徒から非難の目で見られるようなことにはならなくて良かったと思う。


「そのような事態を許した学園側にも責任はあります。それも彼女ひとりの話ではない。同じ強行に出た者が少なくとももうひとりいるという話も聞いています。この一番星の選出が、あなた方の学びを阻害し、蝕むならと廃止も検討しました。ですが、優秀な者を生み出す環境として競合は捨てきれない。あなた方のほんのひと握りでも将来の道が開かれる者がいるなら、やめるべきではない。その者たちがいつかきっと、未来の学園生徒たちの将来を切り拓いてくれると私は信じているからです」


 どうか、と学園長は言葉を続けた。静かな祈りにも似た願いに、誰もが耳を澄ませる。


「誇り高い行動を。あなた方は今はまだ狭き門戸のシクスタット学園に入学できた者なのです。あなたがつらいとしても、あなたが産み育てるかもしれない未来の子どもたちのために、切り拓いてお行きなさい。今でさえ一番星に選ばれなくても様々な未来を切り拓く少女たちがいるのです。一番星が全てではない。自分の力で進むからこそ人生は難しく、しかし楽しい。こんなものに頼るのではありません。自ら思考し、工夫し、そうして進みなさい」


 学園長は二枚の獣皮紙を出した。後ろの生徒にまでは見えないだろう。でもそれは魔物を召喚した魔法陣が描かれたものだ。フォーワイトでも見た、クララの義母が武器商人として手がけた魔道具のひとつによく似ている。どのくらい流通しているものかは分からないけれど、スノーファイで魔法の使える生徒がお手軽な道具として手を出してしまっても仕方がないものなのかもしれない。


「今年の一番星の発表を行います。これらの道具が用いられたことを見抜き、学園に這入り込んだ魔物を学園の外へ出すことに生徒ながら尽力した者がいます。彼女こそ、今年の一番星に相応しい」


 セシルの名前が呼ばれた。一瞬の静寂の後、納得の拍手が起きる。周りの生徒に促されてセシルは嫌々ながら前に出てきた。露骨なしかめ面を隠しもしないから、折角の可愛い顔が台無しだった。


「一番星、おめでとう」


「……要らない」


 セシルのつまらなさそうな声は拍手を止めた。唇を尖らせて両手を後ろに組んで、断固として何も受け取らない姿勢を貫くセシルに学園長は弱ったように、要らない、とセシルの言葉を繰り返す。セシルは頷いた。


「そんなもので僕の将来は別に約束されないし、なりたいものになれるわけじゃない。この学園に僕がなりたいものに詳しい先生はいないみたいだし、折角入れてもらったけど、僕、辞める。その一番星はもっと相応しい人にあげてよ。僕以外に一番星に相応しい人、いるでしょ。分からないなら今年はなし。雨が降って星が見えない年だったってことにすれば良い」


 ねぇ、とセシルは振り向いた。天使のような綺麗な笑顔を浮かべて、全校生徒に問いかける。


「大人の基準で選ばれるそれにも価値はあるよ。大人の世界でやっていくなら、大人の基準は必要だ。でもその枠から外れて生きる僕には要らないものだった。ただそれだけ。一番星を貶したわけじゃないから、選ばれたなら受け取ってあげてね。それが新しい世界を切り拓いていく招待券になる人もいるんだろうから。

 学園長も言っていたけど、一番星に選ばれるだけが全てじゃないってことは、解ってほしいな」


 しんと静かになった聖堂からセシルはそのまま足を進めて出て行く。誰も止める者はいなかった。


 視界の片隅でやれやれと首を振り肩をすくめるロディとラスが見える。二人ともセシルの言うことを聞いて此処を離れるのだろうと思った。私も行く旅だから、この学園とは最後になる。


 一番星選出とならなかった学園祭の夜は、学園の歴史に確実に爪痕を残したのだった。



* * *



「早急に荷物をまとめて出て行くようにってさ」


「ごめんね、僕のせいで」


 翌朝、荷物を引き上げて聖堂を訪れた面々に私は苦笑した。セシルもロディもラスも、元々あまり荷物がない。まとめるのにそう時間は要らなかった。謝るセシルに、良いさ、とラスは笑う。


「元から学園祭が無事に終わればそれで良かったからね。目的は達した。ひとりの死者も出さなかったんだから、充分だよ。それに学園長もあたしたちが嫌いになって追い出すわけじゃない。学園祭が終わったと聞いて休みを取っていた教師陣が戻ってくる算段がついたのもある。ちゃんと合意の上だよ」


 ラスの言葉にセシルは安心したように息を零す。ところでね、とロディが口火を切った。


「昨日のセシルを見て、さる筋から声がかかってるんだそうだ」


「そうなの? どんな内容?」


 セシルの魔物使いとしての腕を見ていた来賓客だろうかと思って気楽に尋ねた私はロディの言葉を聞いて耳を疑った。


「海辺の国の王子から、熱烈な求婚の申し出がセシルに来てる」




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