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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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20 学園祭を脅かす影ですが


「手伝うって、オレにも仕事が……」


 倉庫を出る私の後ろからリアムの不機嫌な声が追いかけてくる。私は驚いて振り返った。


「生徒の一大事なの。あなたにとっても大切な仕事のはずだわ」


「……」


 眉根を寄せて、呆れたように息を吐いたリアムが視線を足元へ向けた。風の精霊が其処にいるのかもしれない。何かを訴えているようだけど私には分からなかった。


 其処へ。


「きゃあああああっ!」


 お祭りには似合わない悲鳴が空を裂いた。私とリアムは声がした方へ視線をやり、リアムが駆け出したのにつられるようにして私も走り出した。声のした方から誰かが走ってくる。


「どうしたの?」


 リアムは無視して行ってしまうから私が立ち止まって声をかけた。学園の生徒だ。彼女は怯えた様子で顔を真っ青にしている。あ、あ、と言葉が出てこない。相当に怖いものを見たか体験してきたかしたのだろうと思って、私は彼女の背をゆっくりとさすった。


「大丈夫、大丈夫よ。どうしたの、何があったか言える?」


 背をさすれば彼女の腕が縋るように伸びてきて、けれどその手もカタカタと大きく震えていて私は彼女を抱きしめた。私が落ち着かなければ。そう思って意識的にゆっくりと呼吸をし、ゆっくりと背をさすった。段々と彼女の速い呼吸も落ち着いてきたのか、言葉が出てくるようになった。


「あっち、あっちで」


「うん」


 彼女が走ってきた方へ視線を向けながら頷いた。カラカラに乾いた声が引き攣れながら信じられない言葉を口にする。


「魔物が、入ってきて」


「……魔物……?」


 その時、風の音に乗って断末魔の悲鳴が聞こえてきた。彼女がまた肩を震わせる。およそ人のものとは思えないその声は、恐らく魔物のものだろう。駆けつけたリアムが斬り伏せたのだと私は直感した。


「大丈夫よ。リアムがきっと退治してくれたわ。大丈夫。

 でもどうして学園の中に魔物が現れたのかしら……あなた、何か知ってる?」


「し、知らない。作業してて、き、気づいたら、魔物が、近くにいて」


「ええ、ごめんなさい、怖いことを思い出させて。でももう大丈夫よ。よく逃げてこられたわね。えらいわ」


 背を撫でて、しゃくりあげる彼女を宥める。魔物が入ってきたことは気になるけれど、リアムが対処してくれているだろう。私は彼女を安全なところへ送り届け、ラスやロディにこのことを伝える必要がある。少しして彼女を促し、聖堂がある方へと向かった。


「ライラ、どうしたんだい」


 聖堂の傍には救護所がある。屋外での催しでもあるから、誰かが突発的な事故や怪我をした場合に備えて設置されたものだ。其処に詰めているロディが私と泣きじゃくる生徒を見て驚いた様子で駆け寄ってきた。


「ロディ、驚かないで聞いてね。向こうで魔物が出たって。リアムが行ってくれたからもう大丈夫だとは思うのだけど」


「……そうか。分かった、ありがとう。キミは怪我をしていないかい? そう、こちらへおいで。ああ、ジョアンナ先生、お願いします。ライラ、キミはこっち」


 ロディは生徒を別の先生に預け、私を連れて人目のつかない場所へ移った。難しい顔をして詳細を尋ねるから、私は倉庫での出来事も含めてロディに報告する。そうか、とロディは一瞬だけ目を伏せ、次に上げた時には何かを決意した様子だった。


「リアムに話を聞く必要があるな。でも全員にこのことを共有する方が先だ。細かい魔法はあまり得意じゃないんだけどね」


 風は特に、とロディは苦笑して、片手の掌を上にしながら掲げた。ふぅ、とひとつ息を吹く。微かに風が巻いた気がして私は目を瞠る。私の目にも見えるものならこれは、魔法だろうか。それとも。


「ラスとセシルへ。各自注意されたし。魔物出現の報有り」


 ロディはそう呟くように風へ吹き込むと空へ放った。ロディの言葉を含んだ風はぐるぐると舞い上がりながらそれぞれの方へ飛んでいく。目を丸くしてその様子を追っていた私に、行こうか、とロディは声をかけた。


「ボクなら魔物を呼び込むのは一体だけにしない。この学園の出入り口はいくつかある。リアムが向こうの勝手口を見てくれているなら、他のは……」


 ラスとセシルが向かったとして、ロディが向かったとして、出入り口はもうひとつある。私は顔を上げてロディに宣言した。


「私が行くわ。手が足りないはずだもの。何処からくるか分からないし。閉鎖している扉も見に行く必要があるわよね」


 私が言うとロディは困惑したように表情を動かした。それはそうだけど、と逡巡するのは私が戦う術を持たないからだろう。非冒険者向きの職業適性ばかりある自分を恨めしく思ったけど、仕方がない。


「キミに風の護りをかけていこう。破られればボクが気付く。加えて、そうだね、パロッコからの防具。それがあれば少なくともキミは二回は守られるから」


 ロディが早口に呪文を唱えて、私の髪飾りに手を伸ばした。心配をかける自分が弱くて嫌だったけど、ハルンに教えてもらった体術もある。多少の魔物なら対処できるつもりでいた。


「魔物を見つけたらちゃんと逃げるわ。遠目に見てくるだけだから」


「うん、気を付けるんだよ。ボクも急いで回って見てくるから。可能ならラスやセシルと合流すると良い」


 私は頷いた。心配そうなロディを安心させたかったけれど、実績がないから無理だろう。ラスやセシルと合流するのが安全なのは私も思う。でもあんなに怯えた生徒が出ることを避けなければならなかったし、もしも魔物を呼び込んでいるのがあの生徒なら止めなくてはならない。それが大人としての、責任だと思うから。


「それじゃ、ロディ、あとでね」


「あぁ、気を付けて」


 急ぎ足で目的の場所へ向けて一歩を踏み出しながら、私はロディに背を向けた。




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