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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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18 一番星を渇望するものですが


 念のため罠がないか当日まで調べてはみたものの、何も見つけられないまま学園祭当日を迎えた。スノーファイの人たちにも開かれた扉を潜って、多くの人がシクスタット学園の学園祭を楽しみにした様子でやってくる。当日はよく晴れた日で、薄い青空が広がっていた。


 本来なら開催を告げるのは聖堂に勤める司祭様の筈だった。でも今年はいない。女神様の祭日だから聖職者でもない私が何かすることはできないし、ロディも同様だった。代理で生徒の話を聞くことはできても、代理で開催は告げられない。だから今年は明確な開催宣言もないまま、扉が開くと同時に学園祭は始まった。


 生徒たちは奉仕の精神と祈りを中心とした活動をする。貧富に関わらず外部から訪れる客を迎え、料理を振る舞い手作りの小物を売る。授業で学んだことを活かして演舞を披露する者もいた。剣舞に魔法の技を掛け合わせたそれは、毎年人気の出し物のようだ。きっとロディやラスが助言した生徒もいるのだろう。


 私は夕方の一番星と称される優秀生徒の発表まですることがない。聖堂は夕方の発表まで閉鎖され、入ることは許されなかった。だから色々な場所を手伝いながら夕方まで待つことになる。


「ライラさん、もし良ければ手伝ってください」


 生徒のひとりに声をかけられて私は勿論とすぐに動いた。植物を授業後に世話する活動に勤しむ生徒たちが、学園祭に合わせて収穫した野菜や花の鉢植えを並べている。女生徒だけでは重労働なそれは、どう見ても人手が必要だった。売れ行きも上々で追加の品を出してくるのだと言うが、接客もあっててんてこ舞いのようだ。


「こっちの倉庫で保管してるんです。お願いします」


 日除けのために大きな帽子を被った案内してくれる生徒の後ろについて行きながら、私は校舎の外れにある倉庫へ辿り着いた。畑があるのもこちらの方だ。荷車が置かれているところを見ると、これに乗せて行き来しているのだろう。


「すみません。中にある野菜を全部運びたいんです」


「任せて。山育ちだから力持ちなのよ」


 私は安心させるために微笑んで倉庫の中へ足を踏み入れる。僅かな灯りとりの窓から差し込む光はあるものの、倉庫は薄暗い。木箱の中に収穫した野菜が積まれているのを見る。いくつも並ぶその数の多さに驚いてしまった。


「凄いわ、こんなに沢山。頑張ったのね」


 振り返った私の目に映ったのは閉まりゆく扉だった。呆然としているうちに扉は完全に閉まって、かちり、と錠の落ちる音も聞こえてくる。


 ……え?


 あまりのことに理解できないまま私は閉まった扉を眺めた。それからゆっくりと状況を理解して、慌てて扉に駆け寄る。


「開けてちょうだい」


「できません」


 自分の焦りが滲んだかと思うような震えた声が返ってきた。向こうの声が聞こえるなら扉はそんなに厚いものではない。けれど金属でできているから、私が体当たりしたところでびくともしないだろう。声が漏れるとは言っても校舎の外れだ。こんなところまで来てくれるような人がいるとは思えない。


「どうしてこんなことするの?」


 私はなるべく冷静になろうと思って、浅いながらも深呼吸をしてから尋ねた。相手も動揺しているのが感じられた。でも閉じてしまった扉を開けるにはきっと理由が必要だ。そのためには扉一枚隔てた向こうにいる彼女がこの行動をするに至った理由を知らなければならない。


「お、教えてください。今年の一番星は誰になるんですか」


「私は知らないわ。私は教師じゃないもの。一番星って教師が決めるものなんでしょう?」


 一番星に選ばれることの魔力を、私はやっと理解した気がした。誰が一番星になるかというのはこの学園の生徒にとって本当に重要な事柄なのだ。関係の薄い私からでさえ聞き出そうとするくらい。


「で、でも、ライラさんはロディ先生やラス先生と仲が良いんでしょう? 聞いてるんじゃないですか?」


 切実な声だった。私が知っていれば教えてあげたくなってしまうほどに。でも学園が発表の時まで秘密にしていることだから、知っていたとしても決して教えはできないけれど。


「聞いていないわ。聞いてたとしても教えてはあげられない。それに今日発表の内容を先に聞いたとしても変わらないでしょう?」


 一番星は少なくとも昨日の時点で決まっている筈だ。その決定が覆ることはないだろう。


 女生徒は押し黙る。其処に認識の甘さを指摘する空気を感じて、私は思考を巡らせた。数日前にロディが話していた言葉を思い出す。


 一番星はまだ決まっていなかったこと、生徒たちは情報を得ることに必死なこと、そしてロディなら、自分で起こした事件を解決して土壇場で点を集めて一番星になると言ったこと。


「……待って、貴女、まさかまだ間に合うと思っているの……?」


 ぞっとして私は彼女が否定してくれることを願いながら問うた。違うと言って欲しかった。そんな可能性、全く考えてなどいないと。そんなことを考えつく生徒がいると思いたくなかった。


「ライラさんには解らないかもしれませんね。私たちがどんな想いで、この学園で過ごしているか。あなたみたいに実力があるなら、あなたみたいに綺麗なら、例え運だって実力で引き寄せてしまうんでしょう。でも私たちは違う。私たちにはこれしかない。優秀な上級生がいれば選ばれる可能性は低いし、学年が上がっても優秀な下級生が入ってくれば選ばれる可能性は低いまま。折角入ったこの学園で、鳴かず飛ばず、駆けずり回って次の行先を何とか見つけて、これが身の丈にあった将来だと自分に言い聞かせながら生きていく人生なんて、想像もできないでしょう?」


 悲痛な声で私はかける言葉を見つけられなかった。ロディが言っていたのはきっとこれだ。彼女たちはそんな想いを抱えながら日々を過ごしているのだ。予言がなくたって、こんなの、不安でいっぱいに決まっている。


「今年が最後の機会なんです。今年は予言もあって優秀な生徒ほど、将来の選択肢が多い生徒ほど休んでいる。出てきているのはもう後がない生徒ばかりです。たったひとつの星を奪い合うのなんて、当然じゃありませんか。去年までは諦めていたその星に、手が届くかもしれないなんて夢を見せられたら」


 うんざりです、と少女は吐き捨てるように言った。嫌悪を滲ませて、絶望を含ませて。ひどく傷ついたことが窺われる声だった。


「この学園に入れたことで自分にも可能性があると思ってしまった。決められた未来以外の選択肢があるかもしれないなんて、思ってしまった。私に出し抜かれるような一番星なら、私の方が優秀だという証明になりませんか。情報を聞き出してそれを活かす。私にはそれができる。

 ライラさんは知らないんですね。知っていても教えてくれる気はない。それなら用はありません。あなたの聖歌がなくたって、一番星の表彰はできます。学園祭が終われば後片付けに園芸部の子たちが来ますから、それまで此処にいてください」


「……待って!」


 声をかけたけれど返事が来ることはなかった。バンバンと扉を叩いてみたけれど返ってくるものはない。私は胸の痛みを抱えながら、ずるずるとその場に座り込んだのだった。



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