16 予言の関係者ですが
放課後、メイジーの希望通りに練習を見た。助言を少しすればメイジーはそれだけで吸収し、課題を乗り越えていく。私も、一緒についてきたハンナも驚いて両手を思わず叩いてしまうほどだった。
「凄いわ、メイジー。この短時間ですぐにできるようになるなんて」
「いえ、そんな。ライラさんの教え方が上手なおかげです」
メイジーは恐縮して両手を慌てて左右に振ったけれど事実だから私はただ微笑んだ。後は大勢の前で歌う度胸がつけば大丈夫。本番は近づいている。その分きっと彼女たちの不安も大きくなっているのだろうと思うけれど。
「あ、いけない。そろそろ練習の時間なんです。行かなくちゃ。ありがとうございました、ライラさん。ハンナ、また夜にね」
「行ってらっしゃい」
時計の鐘が鳴る音でメイジーは慌てて聖堂を後にする。連日の練習で今日は衣装合わせがあった筈だと私は聞いた予定を思い出した。衣装を身につけて実際に劇を通す。いくつか段階を踏んだ練習があると聞いたけれど、もう最終段階に入っているのだ。
私とハンナに見送られてメイジーの背は遠くへ消えた。メイジーが練習している間はこの聖堂に生徒も気を遣って入ってこない。夕暮れの橙の光が差し込む聖堂に新たにやってくる生徒はいないだろう。私はハンナに向き直った。ハンナも私をじっと見上げる。
「今度はハンナの番ね。話したいことって、何かしら」
ロディではなく私に話したいと彼女が思うこと。ハンナは聖堂に私たちしかいないことを何度も何度もキョロキョロと見回して確かめてから、それでも私の耳にだけ届くようにと爪先立ちになった。私は身を屈めてハンナの唇に耳を寄せる。
「声がするの」
「……どんな?」
ハンナにしか聞こえない声はロディの教えるお呪いで多少の鳴りを潜めていると思っていたけれど。全部を閉じることなんてまだできない。それでも耳を塞いではっきり聞こえていたものを少し聞こえにくくする程度の効果はあると、ロディは以前教えてくれたのだけど。
「……怖い、声。怒っているのとは違うし、何かを恨んでいるわけでもなくて、その」
ハンナが言葉を切って体を震わせた気がした。私は動かずにハンナを待つ。急かすのは違うし、彼女の意思で言葉にすることを止める選択肢も残しておきたかった。その選択ができると伝えたのが私である限りは。
「楽しそうな声、なんだけど。それが何だか、怖くて」
「怖いことを楽しみに待っていそうな感じがする?」
楽しいと怖いは本来、交わらないものだと思う。怖いくらい楽しい、とか、楽しさを失いそうな怖さ、はあるかもしれないけれど、ハンナの感じているものはそれとは質が違う気がした。声の主が待ち望んでいることが、私たちにとってはとても起こってほしくないことのような。
ハンナがこくりと小さく頷くから、私の受け取った感覚と違っていないのだろうと予想をつけた。少し考え込んで、それから私はハンナを見る。大丈夫よ、心配ないわ。そう言うだけなら簡単だけど、彼女にそんなことを言っても意味がない。それにそれは、彼女を侮って、信じていないことと同義になる気がする。
「貴女はそれが予言と関わりがあるんじゃないかって、思ってる?」
ハンナはまた頷いた。恐怖を押し隠しながら、それでも私に教えてくれるそれが勇気でなくて何だろう。
「悪いことが起こる予言を楽しみにしてる人がこの学園の中にいるんじゃないかって、怖いの」
ハンナの言葉に私は頷いた。それは当然だ。そういう声が聞こえるならそれは当然、近くにいることになるし怖いものである。私はハンナを抱きしめた。堪えるようにハンナが鼻を鳴らす。
「怖くて当然だわ。嫌な予言だもの。それが起きないようにロディやラスが学園内を見回ってくれてる。セシルも情報を集めてくれてる。ハンナ、貴女の情報もくれるかしら。その声は特に何処から聞こえるの?」
ハンナは首を振った。決まった場所はないらしい。それはつまり相手も学園の中をうろうろしていることに外ならないのだろう。生徒か、教師か。いずれにしても警戒した方が良いだろう。予言の日はもうすぐなのだから。
「ありがとう。その声が聞こえても知らないフリをして欲しいのだけど、ハンナ、できるかしら。貴女に聞こえていることが知られてしまったら、貴女が危険な目に遭ってしまう。フォーワイトの家に戻ることも……」
「そ、それは、嫌。わたしひとりでも大丈夫だって、リカルド達に思ってもらわないと」
ハンナの強さだと思って私は息を吐く。意地を張っているのではない。ハンナはハンナの理想や願いがあって此処へやってきている。あの家に恩返しをするために。
「此処へ来て色々なことを学んだ貴女ならできることも増えたわね。こうして知らせた方が良いと思うことはちゃんと教えてくれるし、自分の手に負えることかどうかきちんと見極めているんだって、解ってる。
このことは私から皆に話すわ。だからハンナ、怖い声が聞こえることは他の人には言わないようにね」
ハンナが頷いたのを確かめて、私はハンナから腕を離した。陽が落ちてきて暗くなる前に戻るよう促す。本当は校舎まで送ってあげた方が良いのだろうけど、私が送ってあげたのでは誰に見られるか判らない。それに聖堂の出入り口からでも校舎の出入り口は見えるし、問題はない筈だ。
既に学園の中に予言の関係者がいることに不安を抱えながら、私はハンナが戻る後ろ姿を見守っていた。