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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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15 不安への抵抗ですが


「メイジーがお姉さんの役やるの、とっても良いと思う。合ってる」


 昼休憩時に聖堂へメイジーと一緒に訪れたハンナが興奮した様子でそう口にした。私は微笑み、メイジーは恥ずかしそうにはにかむ。


 メイジーが演劇で主役をすることはあっという間に知れ渡ったらしく、私とメイジーとの練習風景を見学に来る子もいるほどだった。メイジーが緊張すると言うのでごめんねと断ることも多いけれど、今は練習時間ではない。ハンナの言葉はメイジーにとっても嬉しいもののようだ。


「お姉さんもメイジーも優しい歌が“する”から、大丈夫。頑張って」


 ハンナには聞こえるのかもしれない。私から歌が聞こえると言っていたように、メイジーからも。それはハンナにとって目の前の相手を信用する際の指標になるものだろう。おまじないと称した、声が聞こえないようにするための閉じる練習はまだ続けているとロディに聞いているけれど、すぐに身につくものではない。多くの人がいる学園で信用できる人がいるのはどれだけ安心するだろう。


「ありがとうハンナ。あの、ライラさん、どうしても感覚が掴めないところがあるので放課後、見て頂いても良いですか?」


 メイジーにおずおずと問われ、私は勿論と頷いた。お芝居もあるメイジーは歌の練習ばかりにかまけてもいられない。それでも見せ場である歌の練習も欠かさないから毎日大変な思いをしていることだろう。私にできることは何だって手伝ってあげたいと思うから、断るものではない。


 それじゃあ放課後に、と安心したように頬を緩めるメイジーが授業に向かうために聖堂の出口へ向かう。それを一瞬ハンナが追うのを躊躇って私の耳へこそりと唇を寄せた。


「わたしも、お姉さんに話したいことがあるの。また怖い声が聞こえて、それで」


「ロディじゃなくて私で良いの?」


 念のため確認すればハンナは頷いた。私はそれ以上を返さず、分かったと頷く。ハンナも安心したように表情を緩めるとメイジーの後を慌てて追って行った。


「人気者だね、ライラ」


「ロディ」


 懺悔室から出てきたロディに声をかけられて私は振り返る。昼休憩の終わりを告げる鐘が鳴った。今日のロディは午後すぐの授業がない日だと私も段々と把握できるようになってきたから驚かない。魔術師の杖をついてロディは女神像を見つめた。長い睫毛の下で慈愛に満ちた眼差しが柔らかく細められる。綺麗だった。


「キミの人気には嫉妬する勢いだ。学園祭の出し物もキミが来たから決まったと聞いたよ」


「ラスやロディの人気が凄いからよ。私はただ、ロディやラスと一緒に来ているのに先生じゃないから、物珍しいだけ。想像力や好奇心を掻き立てているだけに過ぎないわ」


 私が苦笑して答えると、おやおやとロディも苦笑した。


「謙遜しなくたって良いさ。キミを中心にボクやラス、リアムが心を動かされていく物語なんだろう? キミの歌が生徒たちの不安を取り除くからだ。でもキミを起用するんじゃなくて、きちんと生徒の中からキミ役を選んで生徒たちの中で完結させようとするところが偉いよね。キミがずっといるわけじゃないことを、たとえキミがずっと此処にいたとしても自分たちが卒業していずれは出て行かざるを得ないことを理解しているからだ」


「そうなの?」


 私が目を丸くすると、多分ね、とロディは答える。


「今あるものに縋るのは簡単だ。キミの人気を借りて人を呼ぶことも、キミの歌で一時的に不安を払拭することも、きっとできる。でもそれじゃ意味がない。予言が今回だけとは限らないし、キミが来年もいるとは限らない。一時的に凌いだとして、その次はどうする? 生徒の手で手がけてきた出し物の伝統を守らなくても良いものか? 彼女たちなりに逡巡したと思うよ。そうして導き出したのが、キミやボクのように実在する人物を軸に虚構を積み上げた新たな物語だ。それなら彼女たちが卒業しても後輩に残せるし、伝統も守れる。彼女たちも自分たちの手で紡いだ物語なら卒業後も彼女たちの中に残る。

 この学園祭は今回が楽しければ終わり、じゃないんだ。後輩たちが後を継いで次の世代に残していく。入学と卒業と、必ず生徒が変わる学園という機構で不変なものは少ない。其処で残せるものが物語なら、何代か後の生徒がまた手に取って上演してくれるかもしれない。そういうものに縋るしかない。後は自分の中に残ったものを大切に抱えながら、生きていく」


 不確かで不安の多い未来に持っていけるものがそれしかないから、とロディは続ける。私は胸が苦しくなった。未来への不安どころか今ある不安への対抗策が、それしかない彼女たちの脆さに気付かされた気がしたのだ。それと同時に、彼女たちの強さにも。


「目の前のものに飛びつくんじゃなくて、ちゃんと残るものを、持っていけるものを選べる皆は凄いのね。今すぐどうにかして欲しいという気持ちを抑え込んで、自分たちで何とかしようとできるんだもの。格好良いわ」


 私の答えにロディは更に目を細めた。そうだね、と優しい声が応えてくれる。


「ボクやラスが教えていることは将来の役に立つことかもしれないし、そうじゃないかもしれない。“適性”によって未来に直結する者もいれば勿論そうじゃない者もいるだろう。でもキミの歌は違う。キミの歌が救い上げた心は今この瞬間に誰かの不安を和らげることも、過去のキミの歌を思い出して救い上げられるなら未来の誰かの沈んだ心を助けることも、できるものだ。どんな“適性”があろうと、必ず。歌を聞かない者はない。耳が聞こえる限りはね」


 さぁ、とロディは首をひとつぐるりと回すと授業の準備をしなくちゃと言って歩き出した。金にも銀にも見える不思議な髪が歩き出した弾みで揺れるのを見て、私はハンナと同じ言葉を口にする。


「頑張って、ロディ」


 私をちらりと見やってロディは頷いた。杖を持っていない方の手をひらひらさせて聖堂を出て行く。聖堂の扉が閉まるのを見て、私は女神像を振り返り、両手を組んでしばし祈りを捧げたのだった。



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