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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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14 自分役との顔合わせですが


「よ、よろしくお願いします!」


 緊張した面持ちのメイジーが頭を下げる。私の方も恐縮してしまう勢いだった。学園祭の出し物で私の役をすることになったと、中心になって進めている三人組の生徒たちが連れて来たのがハンナと同室のメイジーだったのだ。


 色々な子たちが応募してきた中でメイジーが一番印象が似ていたし声質も似ていると太鼓判を押されてきた。本人は軽い気持ちで、むしろ別の役で応募したらしいのだけど三人組の目に止まってしまったらしい。


 おっとりした印象のメイジーは動作も仕草も行動も印象通りおっとりしている。けれど綺麗な顔立ちの子で、そばかすを上手く隠せば舞台映えしそうだ。私とは違う金の髪もきっと照明を受けて綺麗に輝くだろう。


「あまり緊張しないでね。私も誰かに教えるのは初めてだから上手じゃないと思うの。分かりやすく伝えられるかは自信がないけど、分からないところはそのままにしないで教えてね」


 メイジーはこくりと頷いた。いきなりは歌い出せないだろうと思って私はメイジーについて話を振る。この学園へ来た経緯や将来の夢を訊いたらおずおずと答えてくれた。


「スノーファイでパン屋をしている家に産まれたので家業を手伝ってました。教会へ毎週行くのが楽しみで。シクスタット学園の学園祭も両親がよく連れてきてくれて、その出し物を見るのも、一番星に選ばれる煌びやかな生徒を見るのも、大好きでした。憧れだったんです。それがまさか入学できることになるのも驚きましたし、去年は勇気が出なかったけど思い切って今年は応募してみたらまさかこんな」


 主役に大抜擢されてしまったとメイジーは肩を縮こませる。でも、とメイジーは頬を染めて私を見上げた。


「ライラさんの歌、教会で聞いていたのと同じで綺麗です。だからライラさんの役も少しやってみてと言われた時、何も考えずにやったらこんなことに……。こうして見て頂けるの嬉しいですけど緊張します」


 私もつられて頬が熱くなった。こんなに真っ直ぐ褒めてもらって嬉しくならない方が無理だ。でもその話の中に見えたメイジーの家族仲の良さには温かい思いがした。


「今年もご両親は見に来てくれるのかしら」


「そう、だと思います。まだ言えてないけど、手紙を書くつもりでいるので」


「きっと喜ぶわね」


 私が微笑むとメイジーも頬を緩めて頷いた。口角が上がると柔らかくて優しい雰囲気が増す。ハンナが懐くのも解る気がした。


「今年は変な噂が立ったから、学園に戻るのを両親も渋ったんです。でも折角、両親が頑張って働いてくれたお金で入れた学園ですし、少しも無駄にしたくなくて。戻ったら戻ったで、私だって頑張ってるんだってところ、見せてあげたいって。それに今年は生徒数自体が少ないから出し物の委員会も困るだろうと思って」


「優しいのね。貴女が頑張っているところを見たらご両親もきっと安心するわ。しっかり見せてあげないとね」


「はい!」


 栗色の目をキラキラと輝かせて頷くメイジーに私はまた微笑んだ。見せたいと思った時に見せなくては、その相手はいついなくなるとも分からない。もう二度と見てもらえない私には彼女の想いが眩しく見えた。


「台本も見せてもらって、此処の歌を任せてもらったの。私には吟遊詩人の“適性”は“なし”だから楽器の演奏はできないけど、聞いて覚えてもらうわ。大変だと思うけど頑張ってね」


 メイジーが頷いたのを確認してから私は歌いだす。聖堂の中、音がよく響くように設計された場所で私の声は天井へと昇り、全体へ広がっていく。元々の聖歌を少しだけ変えたそれは、元は父が手を加えたものだった。色々な曲の表情を変える方法として教わったもののひとつで、次へ動く音を変えることで、リズムを変えることで、速度を変えることで、曲は表情をがらりと変えた。面影はあるのに全く違う曲のようで新鮮だったことを私は覚えている。それを活かして誰かに教えているのも不思議な感覚だった。


「す、ごいです。聞いたことのある曲なのに全然違って聞こえる……私にこれが歌えるか自信がないです……」


「大丈夫。まずは元の聖歌だけど、これは知ってる?」


 メイジーが知っていると頷くから、歌ってもらった。綺麗で癖のない声が響く。自信なさげに弱々しいけれど、自信がつけば舞台上でも遠くまで届きそうだった。


「とっても綺麗! メイジー、貴女もしかして歌姫の“適性”が?」


「そ、“それなり”に」


 恥入ったように俯くメイジーに私は何度も頷いた。充分に綺麗な声だと伝えれば彼女は嬉しそうに微笑む。


「自信を持って、メイジー。とっても綺麗な声よ。貴女の歌声で観客の心を掴むの。誰に届けたい? やっぱりご両親が良いかしら。女神様のための歌だけど今回は手を加えてしまっているから、具体的な誰かに届けたいと思って歌う方がきっと気持ちが乗るわ」


 女神様へ捧げる聖歌としての機能よりも今回は舞台のためであり、観客へ届ける必要がある歌だ。私だって歌姫の“適性”があるだけで歌姫になったわけではないけれど、大きな舞台にだって立ったことはないけれど、でも母に教わった心構えは伝えられる。そして彼女ならきっと、それを自分のものにしてくれる筈だと思う。


「台本上、セリフ上は女神様へ赦しを乞い願う場面だけれど、観てくれているお客さんが此処ではきっと女神様にあたる。お客さんがこの場面で赦してくれれば物語は盛り上がって最後まで駆け抜けていけるわ。だからどうしても此処でお客さんへ心を届けなくちゃならないと思うの」


「心を……」


 メイジーは自分の胸に掌を当てた。その様子を見て私はそっと言葉を紡ぐ。


「思い出してみて。貴女の心に届いた歌はどんな歌だった? 誰に向けて歌われていた? 貴女ならこの歌を、誰に歌いたい? 誰に届けたい?」


 歌にも技術はある。計算して歌われる部分もある。巧いと思わせるだけなら技術があれば良い。けれど心に届く歌というのは、必ず其処に歌う側の心がこもっているものだと私は思うから。


「貴女の心がこもった歌ならきっと届く。でもそれには自信を持ったり、開き直る(したた)かさだったり、色々なものが必要になるだろうから、曲と一緒にそれも覚えていきましょうね」


 私がそう言うと、メイジーはしっかりと頷いたのだった。




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