13 聖堂での誓いですが
「それで、歌作りをしてるって? お人好しだねぇ、あんた」
聖堂を訪れたラスの呆れたような声に私は苦笑した。でも校内を歩き回る許可の出ていない私が此処でできることは少ない。情報を整理して、聖堂の掃除をして、聖堂の周りを掃除して、だけでは時間が余ってしまう。だから先日の生徒たちから聞いた出し物のため、手伝いを買って出ていた。
「でも全部じゃないのよ。本当に一番の見せ場のところだけ。女神様に祈りを捧げる場面で歌う曲なの。既存の曲を元にして少し変えるだけなんだけど、逆に難しいからって頼まれてしまって。断れないわ」
それに、と私は言葉を続ける。
「予言のことで不安になっている生徒たちが自分たちの力で乗り越えようとしてるんだもの。私にできることならしてあげたいし」
はぁ、とラスは息を吐いた。やれやれといった表情で私を見るけど、その目は優しい。
「解ってるよ。あんたはそういう人だからね。困っている人を放っておけない。勇者の“適性”があるのも納得さね。モーブもそうだった」
ラスの目が細められる。其処に寂しそうな色が滲んだような気がして私は目を丸くした。どうしてそんな色が滲むのだろう。それはきっと、モーブのことで。
「“適性”があるからあんたたちは勇者なのかい? それとも、勇者だから“適性”があるの?」
モーブの言葉に似ていて、私はすぐに答えられなかった。勇者であること。求められること。望まれること。それは時に、自分の意思とは関係なく。それに応えられることは幸か不幸か。
「……ラスも、代われるなら代わりたいと思うの?」
ハルンがそう願っていたことを思い出して私は尋ねる。ラスは少し驚いたように目を見開いたけれど、いや、と首を振って否定した。
「あたしは自分の力量を判っているからね。分不相応な願いは持たない。代わったところであたしが耐えきれずに潰れたら、あんたたち、気に病むじゃないか。大方、ハルンあたりがそういうことを言ったんだろうけど。あの子はまだ幼くてね。周りも自分もよくは見えない。あの子に見えるのはモーブの抱えていた痛みだけさ」
「それは、そっちの方がつらそうね」
私が返す言葉にラスは頷く。大切な人が傷つく姿ばかりよく見えて、何かしてあげたい、代わってあげたいと思う気持ちは私にもよく解る。両親が高熱に苦しんでいる姿を見守るしかできなかったこと、せめて冷たい水で浸した布で顔を拭ってあげるしかできなかった無力さを思い出した。
ラスの言うことも解る。私が両親の代わりに流行病に罹ったとして、高熱にうなされる私を両親が見ているだけだったら。ましてそれが、両親の代わりだったと知ったなら。両親はそっちの方が嘆くだろう。何もしてあげられないと傷つくだろう。それが元々、自分たちのものだったとしたなら余計に。
「難しいのね」
「そうさね。人というのは難儀な生き物だと思うよ。本当に。そんな運命を背負ったあんたたちが不憫だと思うけど、あたしじゃ代わってはあげられないからね。精々、ついていくよ。あんたが歩むならその道を一緒に。あんたが立ち止まるならその傍に。あんたが迷うなら一緒に迷う。あたしにできることは、そのくらいだから」
自嘲的な響きを伴わせるラスに、そんなことないわ、と私は声をあげた。ラスがまた目を丸くする。私は思わずラスの手を取って両手で包んだ。旅の道中で身につけていた武具は流石に外しているけれど、いつでも剣を握れるように最低限の装備を整えたラスの、何度も剣を握ってきた手。女性らしい手は沢山傷ついて、沢山鍛えて、私の手と比べると無骨にも見える。けれどそれは、彼女の選択してきた生き方で、そしてそういう人がいてくれるから私の手は弱々しくても生きていける。弱い手に握られてもラスなら振り払えるのに、ラスはただ驚いた様子で私たちの手を見ていた。
「ラスがそうして一緒にいてくれるから私、とっても心強いのよ。旅に出た最初の夜に気にかけてくれたのもラスだったわ。私、今でも覚えているの。怖かった気持ちに最初に寄り添ってくれた。何もできなかった私の不甲斐なさを責めないでいてくれた。よくやったって言ってくれた優しさをちゃんと覚えている。一緒にいてくれようとするって、そういうことだわ。だからきっと、モーブも」
ラスの目が見開かれる。モーブの名前が出て、瞳が少し揺れるのが見えた気がした。ラスもきっと悩んで、傷ついて、それでもそれを見せずにやってきた人なのだろうと思う。本当に強い。誰かを思いやることができる人。
「ラスがいてくれて良かったと思う。ラスもモーブも、二人とも優しい人だから。ラスも自分を犠牲にしないでね。ついて来てくれるの、本当に心強いし頼もしいのよ。でももしラスが自分を犠牲にしてついてきてくれることを選んでいるなら、私それは悲しいわ。ラスにできることは本当に本当に沢山あるから。モーブのことも助けて、私のことも助けてくれて。ラス、あなただって勇者と同じよ。助けて欲しいと思う私たちの傍にいてくれるんだもの。いえ、もしかしたら勇者より凄いかも。誰にでもできることじゃないから」
だから、と私は息を吸った。微笑んでラスに想いを紡ぐ。
「甘えないようにしたいけど今後も甘えてしまうと思う。時々は赦してね」
「……あたしにできることなら、何だってするさ。あんたにはまだ負担をかけると思うけど、それはあんたも赦して」
勿論、と私は頷いた。ラスの手が握り返してきて、それからラスが片膝をついて屈むから私の手は引っ張られるように下へと移動した。驚いているとラスが私の手を両手で包んだ。
「可能な限り、あたしはあたしにできることをするよ。此処の女神像にも誓う。よろしくね、ライラ」
「……こちらこそ」
そうして笑うラスは紛れもなく騎士様のようで、私は少し頬を染めたのだった。