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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園

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12 学園祭の準備ですが


「ライラさんってロディ先生とはどういう関係なの?」


「ラス先生とは? あんなに格好良い女性がいるなんて思いもしなかった」


「用心棒の方とは? 仲良さそうにお話されているって聞いたけど」


「あわわ、あわわわわ」


 左右から正面から私は囲まれて質問責めにあっていた。ロディの助言に従って生徒に話しかけてみたら思った以上の反響があってこんな状態になっている。


「誰かが恋人なの?」


「こ、こいびと……!」


 恋の話が生徒たちは好きなようで、誰と話しても同じような質問をされる。私はといえば恋って素敵なもの、くらいしか知らないのに誰が好きとか恋人だとかどう答えて良いのか判らない。予言の噂について訊きたかったのだけど生徒たちはそんなこと誰ひとりとして話題に出さなかった。


「み、みんなはどうやってそういう話を知るの……?」


「ええ? そりゃ、ねぇ、吟遊詩人の方が話してくれたりだとか、お父様とお母様の馴れ初めを聞いたりだとか、後はそうね、市井にいた子たちから色々聞くの」


 色々の部分を誤魔化すように目を逸らしながら左隣にいる子が答えてくれる。父が語るのは勇者様の冒険譚ばかりだったから私はあまり知らないけれど、確かに吟遊詩人が語る話で人気なのは恋の話だと母から聞いたことはあった。もう少し大きくなったら教えてもらいなさい、と母はにっこり笑っていたけれど、その話を教えてもらうより前に流行り病は二人を連れ去ってしまった。


「此処を出たら私たちは自分の戦場へ行くのよ。夢に見るような運命の出会いなんてないって分かってるけど、夢物語にくらい願いを託しても良いじゃない? まして、素敵な殿方と一緒に現れた綺麗な歌姫なんて絶好のお喋りの種なわけだし」


 それって私のことだろうかと思って曖昧に首を傾げたけれど、少女たちは三人できゃぁきゃぁと話している。


「絶対にロディ先生よ。ライラさんがいる聖堂で懺悔室の番を買って出てくださったんだもの。女神様の見守る前で二人で愛を誓うの。祝福されるに決まっているわ」


「あら、ラス先生とだって素敵だわ。女騎士に守られながら歌の旅。女神様へ祈りを捧げる旅を二人でするの。女神様は二人の献身的な姿に心を打たれて絶対に祝福してくださるわ」


「それなら用心棒の方とだって絵になるわよ。影を帯びた用心棒の方がライラさんの歌で心を開くの。魔物相手に戦いに明け暮れていた心が癒されて、ライラさん以外の用心棒なんて引き受けないと決めるのよ。人を守るための手にライラさんが祈りを捧げれば女神様だって流れた血にも赦しをくださるわ」


 うーん、と少女たちが同時に頭を抱えて悩むから私はおろおろしてしまった。何と答えれば良いのだろう。そのどれも何を言っているのかよく判らないのだけれど何かは言わなければならない気がする。


「どうしてそんなに私の話を……?」


「次の学園祭の出し物を考えているの。妙な噂が流れているから、そういうのを忘れられるようにって意見を出し合ったら新しくいらした先生たちに焦点を当てるのが一番良いんじゃないかって。だって学園の話題といえば前までその予言とやらの噂話ばかりだったのに、先生たちが来てからみんなそういう話に興味津々なんです」


 正面にいる子が真面目な顔をしてそう話すものだから私はハッとした。この子たちなりに予言のことは気にしているのだ。それでも何とかできる限りに日常を取り戻そうと奮闘していると気付いたから。


「一番星の発表は周辺の偉い方々だって気にされていらっしゃるけど、出し物自体は此処の生徒のためのもの。偉い方々が観覧することはないけど、一座の座長や劇団の団長は楽しみにしているという話です。魔力量を認められて市井からやってきた子たちには演技力を買われて人気劇団の一員になる機会でもあるんです。巷で人気の歌姫シャーロット。彼女だってこの学園出身で、学園での出し物で主役を張った、私たちの先輩なんです」


 右隣の子が後を引き継いだ。生徒たちなりに考えているのだと知って私は息を零す。学園で日々学ぶのは何も魔法のことだけではないようだ。


「私たちは退屈なパーティーでそういう方々に楽しませてもらった経験があるから、そういう方達の支援ができればと思うんです。どんな物語は需要があって、どんな曲が人の心を震わせて、どんなセリフが記憶に刻まれるのか、それらを研究するのはとても楽しい。私たちはいずれ誰かの妻となってそういうことはできなくなる立場だけど、此処での経験はきっと無駄にはならない。此処で一緒に過ごした子たちが目に留まって大成していけば、退屈なパーティーを紛らわせに来てくれるかもしれないし。そういう場で秘密の微笑みを交わすの、楽しみにしているんです」


 将来入る鳥籠の狭さを知っている言葉には胸が締め付けられたけれど、彼女たちの顔は明るい。それに水を差すのも野暮だと思って私は頷いた。


「私はそういう話は疎いからお話作りには協力ができないかもしれないけど、歌ならきっとお手伝いできるわ。私の歌い方で良ければ、だけれど」


 おずおずとそう申し出れば、彼女たちは驚いて顔を見合わせた。それから花が咲くようにぱぁっと笑顔になって、口々にありがとうございますとお礼を言う。あまりの勢いに私が面食らうほどだった。


「ライラさんがついてくれるなら百人力! 絶対に素敵な出し物になるわ!」


「そうと決まればこの案を詰めていきましょう。正直、誰の物語でも面白そうだし。作りやすいお話で進めていけば良いわ。時間もないし、ライラさん役の子も選ばなくちゃならないし」


「今からもうわくわくする。私たちの最後の晴れ舞台よ。まぁ、舞台に上がることはないのだけどね。それでも精一杯、やりましょう」


 三人は嬉しそうに顔を綻ばせながら盛り上がる。次の授業を知らせる鐘が鳴って、慌てて駆け出した。


「ライラさん、約束よ! 主役の子が決まったら絶対、絶対に歌、指導してくださいね!」


 手を振りながら去っていく彼女たちに私も手を振り返しながら、私は苦笑した。一体どんな話になるか想像もつかないけれど、どうか健気な少女たちが怖い噂も日常も忘れ、楽しい時間を過ごせるものができますようにとただ願った。



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