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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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9 契約者同士ですが


「魔物の気配……?」


 私は驚いてリアムの言葉を繰り返した。リアムは剣をセシルに向けたままだ。油断なく藍色の目がセシルを見ている。


「あんたも魔物使いだろう。魔力がなくてもこの妙な雰囲気に気づかなかったのか?」


「待って、セシルが魔物だって言ってるの? そんなことあるわけないじゃない」


 私は慌てて否定した。私の前に立っているセシルがどんな表情を浮かべているかは判らないけど、魔物な筈はない。もしもそうだったとしてもロディやラスが何も言わないなんて有り得ない。


「納得しないなら戦っても良いけど? 用心棒が生徒と戦闘だなんて学園長が引っ繰り返りそうだね」


「セシルもやめて。リアムも剣を下ろして。女神様の見てる前で血なんて流したら許さないんだから」


 二人の間に割って入った。正確にはセシルを下がらせてリアムの剣の切先が触れないように調整した。神殺しを厭わない彼の思い切りの良さを私は知っている。人売りに対する遠慮のなさも。


「冗談だよ、お姉さん。僕はあの生徒たちとは違う。自分の力量と相手の力量差とを測ることができる。その用心棒、凄腕だ。僕ではとても敵わない。あの生徒たちは僕の魔力量に驚いてるみたいだったけど、その比じゃないね。魔力量だけならロディと同等と言っても良い。でも魔法が得意なわけじゃなさそうだ、その魔力、でも何と契約してるの?」


 え、と振り返る私が見るとセシルは目を細めた。嵐のような灰色の目が探るようにリアムを向いている。リアムを振り向いた私の目にセシルを値踏みするような視線を向けるリアムが映った。剣は納めたけど、まだ警戒している色が見える。


「そうか、お前も契約しているんだな。それも力の強い魔物だ。いや、召喚獣か? だからその気配が外に漏れるのか」


 リアムの分析に、へぇ、とセシルが感嘆の声をあげた。


「そんなことまで分かるの」


 見ただけで色々分かる人がいるとは聞いたことあるけど、とセシルが続けた。私は最初にモーブに勇者の“適性”があると言い当てられたことを思い出す。それと同じようなものだろうか。


「何と契約しているのかまでは視えないがな。だがまぁ、力が強いのは分かる。学園に入る生徒でもそうはいないだろう。その歳で強大な魔物を従え召喚の契約をするなど、並大抵の度胸ではできないだろうからな」


 ふん、とセシルは鼻で笑った。綺麗な顔が不遜に歪む。でもそうなるだけの実力がセシルにはある。


「伊達に場数踏んでないからね。あなたには及ばないけど。あなたが契約してるのは何? 魔物?」


 ふ、とリアムも頬を緩めた。物怖じしないセシルの物言いに気を悪くした様子はなく、むしろ楽しんでもいるようだ。ひとまず諍いは治ったかと思って私はほっと胸を撫で下ろす。


「気になるか?」


「気になるね。あなたほどの力があったら何と契約できるの」


 セシルは好奇心を刺激されているようだ。目がキラキラしていて可愛い。そっとセシルの後ろに視線を移してハンナの様子を窺ったけれど、ハンナももう不安そうな表情は浮かべていなかった。


「まぁオレも契約した記憶はないんだがな。勝手についてくるし、魔力の流れもあるから契約したはしたんだろう。害のあるものでもないし大人しいから放っておいているんだが」


 リアムが視線を扉の外へ向けた。外からひゅう、と風が吹き込んでくる。(つむじ)風のようにくるくると舞うその動きは見えなくても私にも判った。わぁ、とセシルが目を丸くした。


「信じられない。ねぇそれ、精霊だよね。風の精霊だ」


 精霊、と私は風が動く場所をじっと見た。どんな姿をしているのだろう。リアムの服を揺らすから其処にいるのは分かるけど、魔力のない目にはその姿を捉えることもできなくて残念な思いがした。


「あ」


 セシルが何かに思い至ったように声をあげる。私とリアムが視線を向けると、セシルは考えるように目を伏せて疑うようにリアムを見た。不確かなことを確かめようとするような目だった。


「もしかしてそれ、ヤギニカの街の近くの森で僕にけしかけなかった?」


「え」


 私は瞠目した。ヤギニカの街の近くといえば、ビレ村がある山の森のことを指しているのだろう。そして其処は初めてセシルに遭遇した場所でもある。あの夏の緑濃い日、モーブの腕を千切らんばかりに深手を負わせたあの、森。


「さあな。記憶を失くしていってるんだ。いつのことだか判らんが、覚えてない」


「ふぅん。何でも良いけど精霊の方は覚えてるんじゃないの。君、覚えてる? 僕に会ったことあるよね?」


 セシルは風の精霊に話しかけているらしい。精霊の姿が見えない私には話しかけたら答えてくれそうな風貌なのかもどう答えているのかも判らないけど、セシルもリアムも同じ場所を見ているようだから其処に精霊がいるのだろう。ちらりとハンナを窺えば二人と同じように同じ場所を見ているから見えていないのは私だけなのかもしれない。


「ほう。オレがお前に、か? 覚えていないからさっぱり判らんが、何か気に触ることでもしたんだろう」


「したね。あなたの気に触るようなことだったかは判らないけど、でもまぁ一般的には。もうあんなことしないから、お姉さん。お姉さんに誓ってしないよ」


 女神像はあるけど、僕は女神には祈らないんだとセシルは言う。痛みを伴う綺麗な微笑を、私も信じたいと思うから頷いた。夢の中で一緒に過ごした時間に聞いたセシルの決意を私は信じている。モーブとの間に交わしたやり取りも覚えているから。


 はたと気づいて私はリアムに顔を向けた。急に私が見たせいかリアムは面食らったように少し仰反る。


「それなら私、あなたにまた助けてもらったことになるのね。ヤギニカが最初じゃなかった。ありがとう」


 お礼を言う私に、記憶にないんだが、とリアムが困惑して頭を掻いた。私はくすりと笑う。セシルも笑った。まったく、とリアムが呆れたように息を吐いてそれから頬を緩めた。





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