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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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8 聖堂での揉め事ですが


「お姉さん!」


 セシルとハンナが聖堂が生徒にも公開されてすぐ訪れてくれた。私は試着の時に見た以来のセシルの制服姿に目眩がした。女の子の制服が似合いすぎている。セシルが学園に潜入してから十日あまり経っているけれど、これでは疑われないのも無理はないと思う。


「やっと会えた。元気だった?」


「元気よ。セシルもハンナも元気そうで良かった」


 扉を開け放った聖堂へ足を踏み入れたセシルとハンナはきょろきょろと中を見回した。私が丹精込めて掃除した聖堂内は訪れた時よりも遥かに綺麗になっているけれど、元々を知らない二人にはどう見えるだろうか。少し心配だった。


「綺麗……」


 ハンナが女神像を真っ直ぐに見つめながら思わずといった様子で言葉を零す。ロディが綺麗にしてくれた色硝子の窓から差し込む光に照らされて、今日も女神像は厳かに佇んでいた。


「開放されている間はいつ来て祈りを捧げても良いのよ。授業中はあの、先生の許可がいると思うけど」


「話もお姉さんが聞くの?」


 セシルの問いにどうかしら、と私は首を傾げた。


「私の契約は管理者としてだけなの。お話をしたり聞いたりするのは司祭様や聖職者の方でなければならないと思うし」


「でも今はいないよね」


 そうなのだ。管理だけではなく教会や聖堂の運営を行う聖職者の“適性”がある人が本来はいなくてはならない。というか本来はいたのだけど、今回の予言の騒ぎで休みを取ってしまったという話だ。正確には、その人を抱える貴族が休みを取らせたらしいけれど。


「聖堂が公開されただけじゃ不安は消えないかもしれないものね」


 女神様を信仰する生徒の不安を取り除くにはやはり、司祭様といった人が必要だと思う。見つからなくて、せめて掃除だけでもという学園長の要望に応えられるのがたまたま私だっただけだ。


「学園長に聖職者の“適性”がある人が見つかったか、訊いておくわね」


「いや、いないならその方が都合が良いと思っただけなんだ。それってつまり、此処に集まって僕たち話ができるってことだよね。情報共有した方が良いと思う。僕が聞いて集めたこと、ロディやラスが聞いて集めたこと、お姉さんが此処で聞いて集めたこと。僕だけじゃ見えない。この数日探ってみたけど判らないんだ。アマンダじゃないのかもしれないし、それなら尚更色んな視点が必要だと思う」


「セシル……」


 驚いて言葉を失う私に、なに、とセシルは気まずそうに身動ぎした。ううん、と私はかぶりを振る。緩む頬は止められなかったけど。


「ロディやラスとも相談するわね。でもセシルのその案、私は良いと思う。私で役に立てることがあるか判らないけど、この場所を上手く使っていきましょう」


 私が微笑むとセシルは小さく頷いた。ハンナは女神像に祈りを捧げている。私も女神像を見上げ、美しい微笑みを視界に収めた。其処へ。


「まぁ、聖堂が開放されたと聞いて来てみれば。魔力もないような方がいらっしゃるようね」


 戸口から棘のある声が聞こえてきて私は振り返った。数人が戸口に固まって中を覗き込んでいる。逆光でよく見えないけれど制服を着ているようだから生徒だろうと思う。


「こんにちは」


 私はにっこり笑いかける。戸口の相手はフンと鼻を鳴らした。


「このシクスタッド学園において聖堂はとても大切な場所です。閉鎖されていただけでも生徒たちの不安を高めていたのに、管理者は魔力もないような方なの? 更に不安を煽るだけじゃないかしら」


「えぇっと……」


 私は何と言ったものかと思って言葉を探した。彼女の言うことは尤もだと思うけど、言葉に棘があるのは否めなかった。


「文句があるなら学園長に言えば。誰もいなかったところお姉さんが来てくれたんだから感謝こそすれ文句なんか言う筋合いないと思うけど」


「セシル」


 私は小声で(たしな)めた。セシルが不機嫌さを隠しもせずに言い返したからだ。私のために言い返してくれたのだろうけど、揉め事は良くない。それも、女神様の見ている前で。


「まぁ! 生徒会長のマーガレット様に意見したわ! 何処のクラスの者ですか。名乗りなさい!」


「僕はセシル。基礎クラスに編入したばかりだよ。というか金魚の糞は黙っててくれる」


「き、きん……ふ、糞ですって……何てはしたない」


「そういうの良いから。ねぇ生徒会長。生徒会長って偉いんだろうね。それって、ひとりでこの聖堂を綺麗にしてくれたお姉さんを労うより先に罵倒できるほどの権力なの?」


 セシルの声が冷たくて私は背筋を震わせた。びく、と戸口の少女たちが思わず一歩後ずさる。なに、と棘のある言葉を投げつけてきた少女が狼狽えた様子で口を開いた。


「何ですかあなた。その、その、途方もない魔力量は」


「喧嘩を売る時は相手との力量差を測らないと。権力を振るう前に喉笛に喰らいつかれたら指示も出せないんだから」


 セシルが一歩前に出る。距離があるのに彼女は圧されたようにまた一歩後ずさった。けれど取り巻きの少女が棒立ちになっていて背中をぶつけている。


「君が見ているより世界は広いんだよ、えっと、生徒会長のマーガレット様?」


「──其処までだ」


「何の騒ぎだい」


 リアムとロディがほぼ同時に駆けつけた。黒い剣をセシルに向けるリアムと、杖を両者の間に割って入れるように構えたロディがセシルと少女たちを交互に見やる。聖堂の中まで二人とも入ってきて臨戦体勢を取った。


「聖堂で揉め事はいけないよ。神聖な場所だ。さぁ、キミたち、何があったか聞かせてもらう。セシル、キミもだ。おいで」


 ロディが瞬時に物事を判じて呼びかけた。リアムが剣を向けているのを鋭い目で見やったけれど咎めることはない。咎めたのはむしろ、リアムの方だった。


「待て。お前はこの気配を無視するのか」


「事情があるんだよ。キミに事情があるのと同じようにね。まぁでも、彼女たちも怯えているようだから一緒じゃない方が良いかな。セシル、迎えに来るまで此処にいるんだ。ライラ、任せて良いね?」


 ロディに視線を向けられて私は頷いた。リアムはそれで私たちが顔見知りだと知ったようだ。ふん、と鼻を鳴らしてロディが少女たちを連れて校舎へ戻っていくのを見送った。剣はセシルに向いたまま、油断しないままだったけれど。


「事情? 魔物の気配がする者を連れ歩く事情とはどんなものだ」


 私たちへ向けられる宵闇が降りる藍の空をした視線が鋭く細められた。



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