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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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7 立ち入り禁止解除の前日ですが


 ふんふんふーん、と鼻歌を歌いながら今日も掃除を頑張っていたら扉の方から音がして私はそちらへ視線を向けた。戸口に夜が立っている。私は長椅子を拭いていた手を止めて立ち上がった。逆光で表情はよく判らない。でも律儀に此処を訪れてくれるなら少なくとも悪くは思われていないようだと思う。


「こんにちは、リアム」


「今日もご機嫌だな」


 鼻歌が聞こえたのだろうか。リアムの返しに私は照れ笑いをする。日に日に綺麗になっていく聖堂を見るのは楽しかった。気分も上がるし思わず鼻歌も歌ってしまうというものだ。


「だって見て、ほら、あの色硝子。とっても綺麗になったから女神像が一段と綺麗に見えるでしょう? 優しい表情が照らされて悩みも不安も何でも受け止めてくれそうだわ。此処の生徒たちの不安もきっと、包んでくださる」


 窓と女神像とを指差しながら私が言えば、リアムはそのどちらにも視線を向けた。ゆっくりと中へ足を踏み入れながら聖堂内を見回す。ひとりでやったのか、と問われて手伝ってもらったのよと私は返した。


「あんなに高いところ手が届かないもの。でも床や椅子は私ひとり。大変だったけど、それももうそろそろ終わりよ。椅子を拭き切ったら生徒たちも入って来られるようになるわ。どのくらい閉鎖されていたか判らないけど、こんなに綺麗な場所だもの。きっと生徒たちも喜んでくれると思う」


「オレがあんたの歌を聞けるのもそれで(しま)いだな」


「え、どうして?」


 また何処かへ行くつもりなのかと思って驚けば、リアムは藍色の目を私へ向けた。


「生徒が来るんだろう。騒がしくなる」


「騒がしいのは苦手?」


「慣れないな。今だって遠目で十分騒がれてる」


 げんなりした様子のリアムに私は内心であぁと納得した。ロディやラスと同じでリアムもこの学園の生徒に人気があるのだ。用心棒だから生徒との関わりはあまりないものの、セシルから聞いたというラスに教えてもらった。生徒と良好な関係を築いておくことはラスやロディにとっても重要だ。学園内の情報源はどうしたって生徒になる。


「授業時間なら生徒は来ないわ。あなた、人気者なのね」


「物珍しいだけだろう。生徒の中には色々と視える者もいるだろうからな」


「視える?」


 私が疑問に思って首を傾げると、リアムはいやとかぶりを振った。


「あんたには視えないか。魔力もないから」


「そうね。魔力がないと視えないものなら私には視えないわ。残念」


「残念がるようなものでもないがな」


 自嘲するようにリアムは目を逸らす。私にはそれが埋められない距離のように見えたけれど、その視線の先は追わずにポケットの上から中で丸まるコトを撫でた。もぞり、とコトは私の手の熱を感じたのか身動(みじろ)ぎする。


「でもあなたが視えるものを話してくれれば私も知ることができるわ。無理強いするものでは勿論ないけど、あなたには何が視えているのか、もし話しても良いと思うなら教えてくれたら嬉しい」


「嬉しい?」


 リアムは意外そうに私へ視線を戻した。私は微笑む。嬉しい、という単語を初めて聞いたかのような反応だと思う。それも記憶が少しずつ抜け落ちているからなのだろうか。まさか嬉しいという感情を知らないわけはないだろう。向けられたことがないわけでもないだろう。情報や知識としては残っているけれど、それを繋ぐ線が途切れてしまっているような状態に見えた。だから私は頷く。嬉しい、と繰り返して。


「あなたの目にどう視えているかはあなたにしか判らないもの。私の目に見えているものが他の人には判らないのと同じように。あなたが教えてくれれば私はそれを知ることができる。あなたのことを少し知ることができるのよ。それってとても嬉しい。

 私、あなたのこと全然知らないわ。私を助けてくれた話はしたけど、私が知っているリアムという人は私が見せてもらった分だけなの。でも誰かに自分のことを話すのって、怖くもあることだと思う。その怖さを乗り越えて教えてくれようとしていることだと思うから、私は嬉しいの」


 リアムは私の言葉を吟味するように黙り込んだ。ロゴリの村であったことを話した時も同じような反応だった。私の言葉を考えて受け止めてくれようとしている証拠だと思うから私はそれも嬉しく感じている。


 ロゴリのことは自分の記憶を探す手がかりにもできたのだろうから考えるのは判るけれど、今の言葉は特別リアムの記憶に関係するものではない。それでもその意味を理解しようとしてくれているのだと思う。くだらないとか関係ないとか一蹴しないでまずは考えてくれる。それだけで彼の人柄が窺えた。


「オレの記憶は失われていく。それでもあんたはオレがオレだと思うか」


「思うわ。全く同じとはいかないかもしれないけど、でもあなたが教えてくれたことはなくならない。私が覚えているし、あなたが忘れてもまた、こうして話させてくれるなら何度だってあなたがどうだったかお話するわ」


 吟遊詩人の“適性”があれば歌にして話せたのだけど、と苦笑するとリアムも苦笑した。その時に細められた目が優しくて私は表情を緩める。


「オレの目にどう視えているかを話すのはまだ先でも良いか。今はあんたの歌が聞きたい」


「勿論。私の歌を聞きたいと思ってくれるのもあなたの気持ち。それを教えてもらえて嬉しいわ。その要望に応えるために歌うから、どうか耳を澄まして聞いていて」


 見回りついでに寄ってくれるリアムが私に割ける時間は短い。足止めしすぎないように私はリアムに椅子を勧めないしリアムも決して座らない。だから私たちは立ったまま、向かい合ったまま時を過ごす。


 リアムは私の歌を望んでくれる。寄っては必ず聞いて行ってくれるし途中で立ち去ることもしない。だから私も短い曲を選んで精一杯それに応える。聞いてくれる人がいるのはありがたいことだ。だから私はそれに感謝して歌う。


「今日も良い歌だった。生徒は授業時間中なら来ないんだな? あんたの言葉を信じるぞ」


「え。えっと、多分、大丈夫よ。私だって学校なんて初めてだし生徒が来られるようになったらどうなるかなんて判らないから、違っていても怒らないでね」


「怒りはしないが」


 リアムは息を吐くと仕事に戻ると(きびす)を返した。私はその背を見送りながら、また待っていると伝える。リアムは振り返らず、片手をあげて私に返事を寄越した。


 そしてその後も掃除を頑張った私は遂に、聖堂に生徒を入れる許可を得られたのだった。



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