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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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6 色硝子が綺麗になった日ですが


「やぁ、ライラ。調子はどうだい」


「ロディ!」


 今日も今日とて聖堂の掃除に精を出していた私は戸口で声をかけられて振り返った。金にも銀にも見えるロディの髪が陽の光に煌めいて私は眩しさに目を細める。


「だいぶ綺麗になったね。手が足りない場所はないかい。魔法で手伝えるところがあればやるよ」


「ある、丁度あるわ、ロディ。あの場所なんだけど」


 私は胸の前でぱちんと両手を合わせ、ロディを引っ張るようにして外へ出た。それから色硝子のある窓を指差す。


「流石に届かなくて。ロディの魔法で綺麗にできるかしら」


「あの窓を綺麗にすれば良いのかい? お安い御用だ」


 ロディは杖を一振りし、何事か口の中で呟いた。風がふわりと舞って私の頬を撫でて行く。くすぐったさに思わず笑うとロディも微笑んだ。ロディの杖の動きに合わせて風は舞い、木の葉を何枚か連れて上昇する。窓に辿り着くと何度か往復し、表面の汚れを吹き飛ばしてくれる。


「まだまだ」


 ロディは続いて別の呪文を口の中で呟く。風の魔法は一度霧散して木の葉がはらはらと落ちてきた。代わってロディの杖の先には水の球ができていて、杖の動きに合わせてその球が色硝子目掛けて飛んでいく。私がただ目を離せずじっと見ていると、水の球から少しずつ細い筋が出ているようだった。まるで球の中から誰かが息を吹いているみたいだ。勢いをつけた水が風だけでは落ちない色硝子の汚れを落としてくれている。


「凄い! 凄いわ、ロディ!」


「そんなに喜んでもらえると腕の奮い甲斐もあるってものさ」


 水の球が湛えていた水がなくなって、ロディがまた風の魔法を使う。濡れていた窓を風が吹いて水分を吹き飛ばして乾かしていく。擦っていないのにくすんでいた色硝子はピカピカになっていた。


「わぁ!」


 私はお礼を言うのも忘れて聖堂の中へ駆け出した。聖堂の中、女神像の祭壇がある場所に色硝子の窓から差し込んだ光が色とりどりの光を投げかけている。キラキラと、赤や緑に色づいた光はとても綺麗で私は祭壇へ真っ直ぐ伸びる道の中ほどで思わず足を止めた。


「綺麗だね」


 ロディがゆっくりと追いかけてきて私に言う。言葉を失ったまま私は頷いて同意した。


 この構造を作った人はきっとこの景色を見たかったのだと思う。色硝子を透かして入った光を浴びる女神像。厳かな空気が漂う気がする。埃が舞うそれさえキラキラと光って見えて、女神様の祝福が感じられて胸がいっぱいになった。


「ありがとう、ロディ。とっても綺麗」


「まだだよ、ライラ」


「え?」


 驚く私の前でロディはまた杖を振る。外で使ったのと同じ魔法、同じ手順でロディは内側の色硝子も綺麗にしてくれた。入ってくる光の美しさがまた段違いに跳ね上がって私は息を呑んだまま吐くのを忘れてしまう。


「おやおや、何も泣かなくても」


 私を振り返ったロディが苦笑して私の頬を指先で拭ってくれる。それで初めて泣いていたことを知って私は慌てて自分の掌でも頬を拭った。


「だって、とっても綺麗なんだもの」


「そうだね」


 ロディが優しく微笑んだ。フォーワイトの山の中で見せた怖いロディの面影はなくて私も笑い返す。あれは悪い夢だったのではないかと思うほど、優しい表情だ。


「ライラ、歌ってごらん」


「え、でも」


「キミはたったひとりの聖歌隊なんだ。こんなに綺麗になった女神様に歌を捧げないなんて怒られてしまうよ」


 ロディの言葉に私はくすくす笑うとひとつふたつ、喉の調子を整えて息を吸った。静かに紡いだ讃美歌は聖堂によく響いた。音が吸い込まれて、それなのに柔らかく反響して、ひとりなのに音が厚くなる。大人数の聖歌隊が歌ったなら重厚に聴こえるだろうと思う。


「浄化されるようだね、キミの歌は」


「大袈裟だわ」


 歌い終わった私にひとりだけの観客は拍手をくれた。褒め言葉までくれるものだから、私は照れ臭くなって目を伏せる。魔力のない私に浄化させる力を歌に込めることはできない。


「ロディ、魔法でまた手助けしてくれた?」


「そんなことしたらキミの歌を邪魔してしまう。何もしていないよ。今までだって、空へ昇る手伝いをしただけで何も歌には影響を与えていないさ」


 それなら聖堂の構造が良いのよ、と私は言う。ロディが苦笑した。


「キミは自分の歌にもっと自信を持って良い。此処は確かに音が綺麗に響くように設計されているんだろうけど、それだって元が良くないとこんな風には聴こえないはずだよ。噂に聞く人魚の歌とも遜色ないと思うけどね」


「買い被りすぎだわ」


 人魚はそれはそれは綺麗な声で歌を歌うらしい。父の語り聞かせてくれる御伽噺には人魚が出てくるものがあった。勇者様の冒険譚にも人魚が出てきた。いずれも人を惑わし、海から逃げられないようにするためのものだった。でも美しい声と髪や顔を持つ人魚の歌を一度は聴いてみたいと思っている。


「水の精霊だってキミの歌なら気に入るよ。自信を持って」


「ありがとう、ロディ」


 私は微苦笑した。いいや、とロディは首を振る。


「礼を言うのはボクの方だよ。良い息抜きになった。これから授業で少し緊張していたんだ。中々生徒の興味関心を掴めていない気がしてね。みんな上の空なんだ」


 ロディの顔に見惚れているのでは、と思ったけれど口には出さずに頑張ってと応援する。


「ハンナはよくやっているよ。此処が生徒の立ち入りが許可されるようになったらハンナもセシルも来てくれると思う。二人ともキミに会いたがっているからね」


「嬉しい。お掃除、頑張るわ」


 頑張って、とロディも応援をくれた。休憩時間に様子を見にきてくれただけらしいロディは授業があるからと立ち去って、私は鼻歌を歌いながら掃除を続行した。



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