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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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5 一日目の終わりですが


 用心棒、と聞いて私は目を丸くした。学園が雇ったという剣の腕が立つ人物。


「教師になるのは固辞したって聞いたわ」


 私が返すとリアムは興味がなさそうに視線を逸らした。教えることなどない、と言う。


「気づいたらいなくなるような教師は要らないだろう」


「用心棒なら良いの?」


 苦笑する私に、オレもそう言ったんだがな、とリアムは息を吐く。どうやら用心棒ならと渋々引き受けたことが窺われて私はそれにも苦笑した。


「あなた、強く頼まれたら引き受けてしまうのね。でもまた会えて良かったわ」


「良かった? 何故そう思う?」


 リアムは本当に驚いた様子で目を丸くした。私の方こそ驚いてしまう。困惑が顔に出ないように私は意識して微笑んだ。


「あなたが元気でいると分かったからよ。知り合いが、まして自分を助けてくれた人が元気でいてくれて嬉しくない人はいないわ」


「オレがあんたを助けたとかいう話か」


 リアムは其処までは思い出せていない様子で訝しげに私を見た。そう、と私は頷く。私だけが覚えていることでも事実だからそれは消えない。リアムが思い出せなくても構わない。彼に益も不利益もないと思うから。


「オレに依頼したのか?」


「そういえば直接の依頼はしていないわ。いつもあなたが助けにきてくれるの。でもロゴリではアメリアから村の総意として神殺しを頼まれたって話してた。実際には神様じゃなかったから良かったものの、あなた結構無茶をする人なのよ」


「へぇ」


 自分のことなのに他人のことみたいにリアムは聞く。私はそれが少し心配だった。自分の記憶を失ってしまっていったら残るものは自分なのだろうか。


「リアム、私、此処の聖堂のお掃除を任せてもらっているの。此処が綺麗になったら学園の生徒たちにも解放できる。しばらくは此処にいるから、手が空いたらまた来てくれるかしら」


 そう尋ねればリアムはきょとんとした表情を浮かべ、それから小さく笑うと頷いた。


「慣れない気配が増えたから様子を見に来ただけだったんだがな。あんたの歌は心地良いし、また聞かせてくれるなら訪れよう」


「ありがとう。いくらでも歌うからいつでも来てね」


 リアムはまた頷くと見回りか、それとも持ち場があるのか歩き去って行った。呼ばれているような様子はないから引き止める必要はない。私はコトをエプロンのポケットに潜り込ませるとまた掃除を再開させた。ふんふんふんと鼻歌が零れる。


 生徒たちを迎え入れて式典を行うこともあるのだろう聖堂は大きい。一日目は埃を掃き出して女神像と椅子のいくつかを拭くだけで終わってしまった。明日以降も拭き掃除が続くことを思って私はうーんと腰を伸ばす。コトも床でうーんと体を伸ばしていてあまりの可愛さに笑ってしまった。


「ライラ、お疲れ様。掃除は捗った? 夕食に行こう」


「ラス!」


 聖堂の開け放した正面扉から声をかけられて振り返った私は其処に立つラスを見て顔を綻ばせた。近寄れば珍しく疲弊した様子が見て取れて私は首を傾げる。


「疲れてる?」


「分かる? 女の子たちに囲まれちゃってね」


 あたしも女なんだけど、とラスは肩を解すように左右に首を回す。私は想像して苦笑してしまった。


「ラス、格好良いもの。強い女性に憧れる気持ち、分かるかも」


「そういうものかね。ロディは逆に遠巻きにされちゃって全然話しかけてもらえないって」


「そうなの?」


 私が目を丸くするとラスは笑った。顔の良さで今まで言い寄られることが多かったのに顔の良さで遠巻きにされるなんて経験ないからね、とラスは思い出し笑いをしている。よっぽどロディの様子が面白かったのだろう。


「まぁ授業であいつの口八丁手八丁が発揮されたら話しかける子は増えるだろうね。恋をする子だって出るかも」


「恋」


 素敵な響きの単語に私が目を輝かせると、ラスは優しい目で私を見た。


「でもあいつは童貞だしそのままでいるつもりだろうから生徒に手を出すようなことはないよ。安心して」


 学び舎の下でそれはご法度だとラスは言う。恋だなんて素敵だと思うけど、教師と生徒が恋をしてはいけないらしい。私は教会で司祭様に勉強を教わっただけで学校に行ったことはないからよく分からないけれど、そういうものらしいと受け入れた。


「聖堂の寝室はまだ掃除終わってないんでしょ? 今夜はあたしの部屋で一緒に寝たら良いよ」


「良いの? 街の宿まで戻ろうかと思っていたのだけど」


「遠いじゃない。あたしのあてがわれた部屋は広いから問題ないよ。寝台だって二人並んでも問題ないくらい大きい」


 ありがとう、とお礼を言って私はコトをまたエプロンのポケットに入れるとラスと並んで歩き出す。食堂がある方へ向かいながらラスから今日一日のことを聞いた。セシルもハンナも無事に新入生として受け入れられた様子で、授業に参加していたと。寮制の学園は同室の子が新入生のお世話係になるらしい。二人とも先輩に校内を案内してもらい、慣れるまで生活を助けてもらうことになる。


 セシルは全く男の子だとは疑われていないようで、本人もあまり気にしていないらしい。校内に何があるかを把握することに努めており、授業も興味深げに取り組んでいると聞いた。元から頭の良い子だと思うから学ぶ機会があるのはセシルにとっても良いことだろうと私は思う。


 ハンナは案の定人見知りを発揮しているけれど面倒を見てくれる同室の子が親しみやすい子のようで、その子には懐いているように見えるとラスから聞いて安心した。人が多いのも学校そのものにも授業にも慣れるには時間がかかりそうだけれど初日に話しやすい子がいてくれたのは幸運だ。好調な出だしと言えるだろう。


「私はね、此処で久しぶりに知人に会ったの。ロゴリで私を魔物から助けてくれた人よ。リアムというのだけど、此処の用心棒をしてるのがその人なの」


「へぇ」


 ラスは感嘆の声をあげた後に、遠目に見たよと私に教えてくれる。


「かなりの手練れだね。一度手合わせしてみたいもんだよ」


 剣を握る人はそう思うものなのだろうか。馬の魔物を一閃しただけで絶命させる手腕は凄いものだろうと思う。でもラスだってこれまでに何体もの魔物を倒してきているところを私は見ていて知っている。どっちも強いと思うけど、剣を交えたらどちらが勝つのかは見てみたいような知りたくないような複雑な思いがした。


「ライラを助けてくれた人ならあたしらも礼を言っておこうかな」


「ありがとう」


 食堂に一番近い校舎の扉を開けると、美味しそうな匂いが漂ってきて私のお腹の虫がぐぅとひとつ鳴いた。



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