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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
6章 絢爛の花園
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3 潜入作戦会議ですが


「僕も学園に行きたい」


 セシルが戻ってきたロディに言う。ロディは一瞬度肝を抜かれたように目をぱちくりさせて放心したけれど、次の瞬間には頷いていた。


「うん、良いんじゃないかな」


「え」


 私とラスは揃って驚きの声をあげたけれど、ロディはさしたる障害もないと考えている表情だ。


「その様子だとキミたちも学園の噂を聞いたんだろう。ボクもそんなところにハンナを送り出すのは心配だと思っていたところだ。ボクからも提案しようと思っていた。ボクらも学園に行こう。ただしボクらは、教師としてだ」


「は?」


 ラスが聞いたこともない声を出した。私は驚きすぎて声も出せなくなった。ハンナが心配そうに私を見上げる。


「一旦宿に戻ろう」


 ラスの絞り出した声に私は頷いて、私たちは落ち着いて話せる場所へ戻る。ロディは宝石を見繕った店でもっと情報を集めてきていた。冒険者なら腕も立つだろうし、少し腰を落ち着けても良いと思うなら募集している臨時教師に名乗りを挙げてみてはと勧められたそうだ。


「予言は期間が限定されている。あの学園では女神様の祭日に学園祭を行うんだそうだ。其処で優秀な生徒をひとり、表彰する。一番星と呼ばれるそれに選ばれた生徒はこれまで王立研究所から誘いを受けたり高名な魔術師のところへ弟子入りしたりしているらしい。学園の折り紙付きの優秀な生徒だからね、引き抜く方も安心して呼び寄せられるんだろう。その誘いを断れるほどの有力な相手との縁談がなければ大抵はその先へ進むらしい。中には学園に戻ってきて教師になる者もいるそうだよ。

 その学園祭のあたりで死人が出ると予言が行われたらしい。学園祭の時期を避ければ問題なさそうだからと今年は長期休暇を取る生徒も多いようだ。でもその一番星は年に一度しか選出されないからね。いない者を選出することはできないから今年ならと野心に燃える生徒もいるだろう。どうしても一番星に選ばれたいと必死に親を説得して戻った生徒もいると聞いた」


 不思議そうな顔をしていたのだろう。ロディが私を向いて、抜け出すための通行証なんだ、と言った。貴賤に関わらず、現状から抜け出すための通行証。貧民街から這い上がってきた者なら更に上へ。自由のない令嬢なら選択肢を広げるために。狭い世界しか生きられない少女たちの集まる場所。想像して私は胸が痛んだ。


「学園の教師の中には貴族お抱えの教師もいたらしいね。本人の意思か、貴族たちの意向か、それは判らないけれど学園祭が終わるまでは戻れないと休暇の届もあって学園側は深刻なくらい人手不足だ。用心棒は雇ったそうだけど、教師は固辞したという噂だね。適当な教師を探すには骨が折れる。今回は実技を担う教師陣の募集だ。ボクらで充分できると思うけどどうかな」


 ロディはにっこり笑った。ラスは頭を抱えて深い溜息を吐く。まだ言葉になるまでには時間がかかりそうだと判断したのか、ロディはセシルを向いた。


「予言ができる者はそう多くない。いきなりフラッと現れて予言をしたとしても受け入れられることは少ないだろう。でもアマンダなら違うとキミは思うんだな」


「そうだね。アマンダは目的のためなら何だってできる。ウルスリーでも目的があったに違いないんだ。僕には話さないけど多分、主を起こすため。結局はああなったけどそれさえ彼女の計算の内かもしれないと思うくらいには底が知れない」


 ウルスリーに伝わる勇者が封じた湖の主は目覚め、セシルと契約を交わした。あの場所から大蛇の主は動けないけれど、私に道を示してくれた。その最終的な目的がどのようなものかは判らないけれど、アマンダがあの主を起こすことを目的に訪れていて、滞在するのに不自然ではない理由を求めてエミリーたちに関わっていたのだとしたら。


「アマンダは別に中立じゃない。人の側には立たないし、かといって魔物側にも立っていない。僕も興味がなかったから彼女のことをよく知っているわけじゃないけど、彼女が何をしたいのかよく判らない。気紛れに味方したい方についているようでもあるし、確固たる意思があるように見える時もあった。僕を拾って世話してくれたのだって意図を測れないままだ。でも仕事を手伝ったことはあるから誰をどうやって陥れて、罠を張るかはある程度なら知ってる」


 僕を学園に送り込んで損はないよ、とセシルは笑う。目を細めて笑うその様は幼いのに妖艶でもあって、アマンダの笑い方に少しにていて二人が一緒に過ごした時間を感じさせるものだった。うん、とロディは大人に対して笑うように口角を上げて頷くとキミには期待してると言った。


「学園の中で自由に動ける者も必要だ。特に生徒間の情報は侮れないからね。ハンナにそんな危ないことはさせられないし、ハンナには自分の学園生活を楽しんでほしい。キミには負担をかけるだろうけどやってくれるね」


 セシルは笑みを深めた。ラスがああもう、と声をあげる。


「あたしは教えるなんてできないよ。ロディ、あんたとは違うんだから」


「心配要らないよ、ラス。ボクらが担うのは実技だ。剣術を学びたいと言う生徒たちにキミが知っていることを伝えてあげれば良い。どうすればもっと速く剣を振れるか、どうすれば恐れずに踏み込めるか、どうすれば視野を広く持って戦況を眺められるか。それだけだ」


「……言葉にするのは難しいじゃないか」


 珍しく頭を抱えるラスに、ロディはははっと笑った。


「なら見せてあげれば良い。戦場では言葉で考えて伝える余裕なんてないんだ。学園の生徒が戦場に行くことはないだろうけれど、前線で戦うことがどういうことなのかは知っておいた方が良い。誰がどうやって自分たちを守ってくれているのかくらいはね」


「そうだね」


 ラスは深い溜息を吐いた。最後に、とロディは私を向いた。私は驚いて目を丸くする。魔力のない私が魔力の多い子たちが通う学園で何かを教えられるとは思えなくてただ成り行きを見守っていたのだけど、ロディはキミの役割が一番重要だと口を開く。


「女神様の祭日に行われる学園祭には聖歌が必要だ。でもどの聖歌隊も予言のせいで辞退している。キミはひとりでも聖歌を歌えたね。彼女たちの学園祭が予言のせいで悪いものとならないように、祈りを歌ってあげてほしい。できるね?」


 真っ直ぐに見つめられて私はその視線を受け止め、しっかりと頷いたのだった。



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