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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
5章 美しの毒
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22 夫人の本性ですが


「実験台……?」


 聞こえた言葉を繰り返す私に、夫人は首を傾げた。ゆるりと垂れたひと房の髪が蠱惑的に夫人の美しさを際立たせる。扇の向こうで細めた目と一緒に唇も弧を描いているのが見えるようだ。


「今回手がけているのは魔法使いの“適性”がなくても使える魔法の品々ですの。あぁ、こちらに支援者の方々がいらっしゃらないのが残念でなりませんわ。でも、ええ、そうね。リカルド様の命を奪ったのがこれらだと知れば、ご両親は買い占めてくださるかもしれませんわね」


「……!」


 リカルドの肩が震えた。恐ろしい企てに私は言葉を失ってしまう。


 夫人はただたおやかに笑む。でもそれに滲むのは残酷さだ。あちこちに火種を蒔く手筈を整えている様子が窺われて、そのうちのどれを動かしても良いのだと思っている顔だった。美しくて、恐ろしい。まるで全身猛毒の、花のよう。


「貴女がそれを売りつけてきたとすれば私の両親とて馬鹿ではない、気付きますよ」


 リカルドの言葉に夫人はころころと笑う。まぁ、まぁまぁ、とおかしそうに甲高い声をあげて。


「幾通りもの筋書きの用意はありますのよ。平時ならそうでも、子を二度も失い、その子が大切にしていた院も、院の子も失ったとあれば平静ではいられないでしょう? 加えて老齢のお二人、場合によっては訃報を聞いただけで心の臓が止まってしまいかねないですもの。見極めながら事を運ばなくてはね?」


「貴様……!」


 リカルドは踏み込もうとして自分が丸腰なことを思い出したようだった。合わせてリカルドの怒りに屈強な男たちが夫人を守ろうと前に進み出る。リカルドが悔しそうに呻き、夫人はまた楽しそうに笑った。


「嫌ですわ、リカルド様。折角隠していたのに暴いたのはそちら。あまつさえ、その哀れな娘を追ってこんな袋小路に迷い込んで。そんな子が良いなら差し上げますわ。二人仲良く、命尽きた後に地下の国でどうぞ仲睦まじくお過ごしなさい」


 地上の財は全て貰い受けて差し上げましょう、と夫人は続けて笑った。


「前々から海辺の都との繋がりは欲しいと思っていましたの。貴方に取り入ってその権利だけ譲らせようと思っていたのに、命まで捨てるなんて愚かですわね。ご安心くださいね。全てこちらで取り計らって差し上げますから」


「や、やめておかあさま! ひどいことしないで!」


 私の腕の中でクララが叫んだ。体はまだ震えているし、声だって怯えている。虐げられてきたのだろう彼女が夫人に意見するなんて勇気のいったことだろう。それでもクララは立ち向かった。夫人がじろりと温度のない冷たい目でクララを見ることが判っていても、尚。


「見た目が良いだけで何不自由なく生きてきたお前に何が分かると言うのかしら。お前の望むことなどひとつも叶えたくなんかありません。追い出してやったのがせめてもの恩情というものなのに、お前と来たらリカルド様のところへ転がり込み、(たぶら)かし、また不自由なく過ごそうとしている。何もできないくせに、何処までも浅ましい娘」


 クララは怯えて言葉を飲み込んでしまった。何てひどいことを、と私は思うけれどクララが怒るよりも夫人の怒りの方が強いのだ。それに呑まれてクララは怒れない。


「彼女を愚弄するな!」


 代わりに怒ったのはリカルドだった。夫人はもう取り繕うのはやめたのか、リカルドのことも軽蔑したような目で冷たく見やる。


「勘違いなさらないでね。もう貴方は用済みですの。もう用があるのは、貴方様亡き後。その後の権利だけですわ。さぁどうぞ、おやすみなさいな」


 夫人が手をあげて軽く振った。それで傍に控えていた男が手元に獣皮紙を取り出す。魔法陣だ、と私は思う。けれど状況の把握と次に取るべき行動が上手く結びつかない。そうこうしているうちにクララが私の腕から抜け出して駆け出し、男の手元から火の龍が浮かび上がりリカルドに向かって飛んだ。


「二人とも!」


 私ができたことといえば、クララとリカルドに手を伸ばすことだけだった。クララがリカルドを突き飛ばすように駆け寄って腕を伸ばし、けれどリカルドはクララごとその腕を抱き留めた。迫り来る炎に背を向けて、腕にすっぽりと包むように抱えたクララにはいかないよう全身で守ろうとしているみたいだった。それを見た夫人が面白くなさそうに顔を顰め、ロディが早口で呪文を唱える声がした。


 ロディの放った水球と、火の龍が真面にぶつかってジュッと音を立てた。火の龍は消滅し、ぱらぱらと弾けた水球の残滓が降り注ぐ。リカルドとクララは固く目を閉じていたけれど、水滴に当たると驚いた様子で顔を上げた。


 夫人側の男たちからどよめきが漏れ、ロディはふぅと息を吐く。そのまま見やった視線は鋭く、私も一緒に息を呑んだ。


「それは最早、人の所業からは程遠い」


 さく、と一歩進んでロディが静かに言葉を発した。それなのに燃え盛る炎のような怒りが滲んで私は恐怖に竦んでしまった。その恐怖は向こうにも伝わったようで、夫人が一歩、たじろいだ。


「魔物に成り果てるか、今此処で人として死ぬか、選ばせてあげようか」


「ひっ」


「ロディ、やめて!」


 私は情けなくも動けないまま、それでもロディを止めようと声をかけた。ロディは涼しい目で私を見る。でもその奥に燃える怒りを私は見逃さなかった。心まで竦みそうになるのを堪えて私はロディの目を見つめ返す。


「キミはボクを止めてばかりだ、ライラ。彼女は人を殺すことを仄めかした。あの二人を、それから院の子たちも。彼女は武器商人だから、人を殺める道具なんて沢山目にしてるし、売ってさえいるんだ。人を殺傷する目的の武器を。そんなのを放っておいたらどうなると思う。この、魔物と、魔王と世界が争っているこの時に、こいつらは私腹を肥やすことしか考えていないんだよ」


 ロディの言いたいことは解る、と思う。人同士が争うことを忌避したいと思うのも解る。でも、これは。これだって、ロディが避けたい人同士の争いだと私は思うのだ。


「ロディの心配していること、解ると思うわ。でも、だからといってその人たちを傷つけたら、貴方も同じになってしまう。私、ロディがその人たちと同じになんてなってほしくない。貴方が怒ってるの、判るけど、でも、本当に怒りたいのはその人たちなの?」


「……何だって?」


「ロディが其処まで怒る理由が正直よく解らないの。許せないと思うのも、ひどいことだと思うのも解るけど、その人たちに怒っているの? 私には何だか、他の人に怒っているように見えるのよ」


 穏やかに笑うロディがこんな風に怒りを(あらわ)にする理由が解らなくて私は尋ねる。ラスが懸念したこと、ロディの我慢の効かなさ。それは今起こっていることではなくて、過去に起こったことなのではと感じた。


「ロディ」


 言葉を続けようとした私の耳に、鋭い指笛の音が響き渡った。




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