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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
5章 美しの毒
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20 侵入した者と消えた者ですが


 院の中が騒がしくて私は目を覚ました。窓の外はまだ暗い。それから鼻に届いた焦げ臭い匂いにハッとした。火の気がある。ということはこの慌ただしさは。


 慌てて飛び起きて、それでもそっと扉を開いた。漏れ出てくる煙はないし不自然な明るさもない。廊下が燃えているわけではないようだ。部屋を出てあたりを見回す。何処かが燃えているようには見えないものの、焦げ臭い匂いは確かにしているから、火は必ず何処かにあるのだ。


 私は急いで階下へ降りる。玄関先でひそひそと話す影を見つけて駆け寄ってみれば、ロディとラスだった。


「二人とも! この匂いは……」


「ライラ。ちょっとした小火(ボヤ)騒ぎがあったんだ。大丈夫、ロディがすぐに消してくれた」


 ラスが私に気づいて説明してくれる。それを聞いてほっとした。ロディは難しい顔をしているけれど、私はお礼を伝えた。


「念のために守りの魔法をかけていたからね。すぐ気づけた。でも、クララとリカルドがいないんだ」


「え?」


 私は驚いてロディからラスに視線を移した。ラスはかぶりを振る。


「ちょっとバタついてるのはそういうこと。まぁ二人とも子どもじゃないから、何処かへ行っていても不思議ではないんだけど」


 ラスが首を傾げながら言う。ロディと何かを目で確認し合い、ちょっと、と私を手招いて歩き出した。私はそれについて行く。


「小火が出たのは建物の端。物置に使われてるところで、外から火が付いてる」


「それって」


 自然に火が付くような場所ではない。そう察して息を呑む私にラスは頷く。食堂を通って厨房の勝手口から外へ出るラスの後に続いた私はまた息を呑んだ。畑に続くその先では畑が無惨に踏み荒らされていた。もう収穫が済んだところとはいえ、土を休ませるために先日皆で作業したばかりだったのに。外から来て外へ逃げて行った跡が続いていた。


「見た通り。だけどこれはちょっと、露骨すぎる。幼稚と言っても良い。まるで別の事柄から目を逸らさせようとする意図を感じる」


「二人がいないことに、関係が?」


「そう見るのが自然だろうね」


 ロディがラスの言葉を引き継いで頷いた。


「いないのは二人だけど、その二人が一緒にいるとは限らない」


 私は目を見開いた。ロディもラスも難しい顔をしているのはそのせいなのだろうと思う。


「別々なの……?」


「その可能性もあるというだけの話だよ。ボクの魔法も万全じゃない。守りの魔法はかけても侵入者を感知することはできないし、未然に防ぐことも追跡も不可能だ。誰が此処にいたかも判らない。反対に、誰がどう出て行ったのかも」


 それに、とロディは眉根を寄せた。


「小火が起きたあたりにこの燃えカスが残っていた」


 ロディが持つそれを覗き込んで私は首を傾げる。紙に見えた。動物の皮を使った頑丈なものだ。焼け焦げた跡の残るそれにはインクの滲みも見える。


「炎の魔法陣が描いてある。きっと簡単に火をつける魔道具の一種なんだろう。構造も難しくないし、使い方も容易い。魔法使いの“適性”がなくても火をすぐに喚び起こせる。ライラ、キミにだって使えるだろうね。

 長く燃やすには植物性のものより獣皮紙の方が良いのも解る。ボクが駆けつけた時、まだまだ燃えそうに見えた。宝石を通すわけじゃないけれど、術者の寿命を削る心配もなさそうだ」


 便利そうだな、と思って私はロディの手の中のそれを眺めるけれど、あまり喜ばしく感じないのはロディが歓迎しないように話すからだろうか。それにしても、と私は疑問に感じたことを尋ねる。


「魔法陣って紙に描かれていても使えるものなの?」


「本来は違う。でなければ魔導書なんかは残せない。完全口伝というわけにもいかないし。ただ火の玉を飛ばすだけなら魔力があれば良いけれど、何か意図を持って行おうとするなら理論が必要だ。論理で魔法を扱おうとするから魔法陣が必要になるし、指南するために教科書がある。これはどちらかというと、そうだな、呪術に近い」


 呪術、と私は繰り返す。そう、とロディは頷いた。


「呪術の中には紙に呪いの言葉──呪詛──を書き連ねることで対象を呪うことができるものもある。ボクはあまり詳しくはないんだけど、それだって高度な技の筈だ。でも言ったね。呪いは誰でもかけることができる。もしかしたら不安定になる能力の不足分を補うための道具としてそういう手法が既にあるのかもしれない。それを魔術にも応用したのかも」


 なんにせよ、と考え始めたロディの思考と途切れさせるようにラスが口を挟んで話を纏める。ロディの手の中の魔法陣をどう捉えたものかとラス自身も決めかねているように見えた。


「ロディ、あんたは心配してるんだ。それが、争いの道具になるんじゃないかって」


「争いの道具……?」


 不穏な響きのする言葉を繰り返す私にロディは頷いた。手の中の魔法陣に視線を落として眉根を寄せる。


「これは武器、じゃないか。元は魔王軍との争いを有利に進めるために開発されたのかもしれないけど……もしこんなものが出回るようになったら人はどうすると思う。魔王軍と直接対峙しなくたって魔物との遭遇に備えて、と欲しがる人は多いんじゃないか。有用に使ってもらえれば良い。でももしこれが、今回のように魔物相手じゃなく誰かを傷つける意図を持って使われたらどうなる」


 想像して私は息を呑んだ。怖い、と思う。私の様子を見てロディは目を細めた。


「そうだよ、ライラ。人同士でも争いが起こることになる。獣皮紙を使うようなものは値段から言ってもまだそんなに出回っていないと思うけど、それも時間の問題だ。ボクらを内部から壊そうとする存在がいる」


 そしてそれに心当たりがあるね、とロディは続けた。噂の域を出ないものの、そう言われている人物。


「クララがいないこと、リカルドがいないこと、別々なのか、一緒なのか。そういったことさえ現状判らない。でももし一連の出来事に彼女が噛んでいるならいつも同じ手段、というのはあるだろうね」


「? どういう……?」


「怖い時、失敗したくない時ほど人はいつもと同じ慣れた手段を取りたがる。安易で幼いのは、彼女がまだそういったことに手を染め切れていないからだろう。勝算はある。ラス、此処を頼めるかい」


 はぁ、とラスは息を吐いた。


「戻ってこないとも言い切れないからね。でもあんた、ひとりで行く気?」


「その方が動きやすい」


「わ、私も連れて行ってください! 足、引っ張るかもしれないけど、でも」


 ついて行くと言い出した私にロディは驚いた目を向ける。ラスは小さく頷いた。普段なら止めるだろうけれど、ラスはラスで思うところがあるみたいだ。私もロディをひとりで行かせてはいけない気がした。


「お姉さんが行くなら僕も行く。お姉さんなら僕が守るから、良いよね」


 後ろから声がして私たちは振り返った。勝手口のところにセシルが寄りかかっている。いつから話を聞いていたのだろう。セシルは得意気に笑うと畑の向こうを指差した。


「この辺の動物たちが見聞きしたことを教えてくれた。僕がいると早く辿り着けると思うけど?」


 ロディは瞬時に何かを判断し、行こうと頷いた。


「時間が惜しい。案内してくれ。ラス、頼んだよ」


「任せといて。そっちこそ、頼んだよ」


 その言葉は私にも向けられている気がして、しっかりと私も頷いたのだった。




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