13 歌姫としての一歩を踏み出したはずなのですが
歌姫としての一歩を、確かに踏み出したと思ったのだけど。
私はたった今ロディの口から出た言葉にみんなの視線が一気に私へ集まるのを感じながら、私自身はどこに視線を向けて良いか分からなくてロディを見ていた。
リアムに助けられたあの後、私を気に入ってくれたという小動物にコトと名前をつけた。宿の近くまで送ってくれたリアムは旅を続けるというので別れ、宿の前で不安そうな顔でキョロキョロと辺りを見回していたパロッコと再会した。はぐれてごめんね、戻ってこれて良かった、と言うパロッコと一緒にモーブの様子を見に訪れた部屋では全員が集められていて、そこでロディが発した言葉だ。
「ライラ、キミには勇者として旅を続けてもらいたい」
返事をしない私にロディが同じ言葉を繰り返す。誰もが予想外だったらしく、私を見た後にみんなの顔を順々に見て、同じ表情なのを知って安堵する。ただ、モーブだけは違った。
「モーブには話したんだけどね、もうモーブの腕は以前のようには動かない」
ロディは明日もよく晴れそうだね、と話すのと同じように言った。ハルンが息を呑んで目を見開く。そんな、とラスが小さく零した。
「医療魔術で腕は何とかくっついたし命も取り留めた。けれど以前のように剣を振るうには、長い時間が必要だ。無理をしなければ日常生活は送れるようになるだろうね。だけど魔王討伐には、もう行けない」
ロディは穏やかな表情のまま冷静に言う。努めてそうしているのか、いつもと変わらないのか、付き合いの浅い私にはまだ彼のことはよく分からない。
「……それがどうして彼女が勇者として旅をする理由になる」
キニが落ち着いた声で尋ねた。なるべく落ち着いて理解しようとしているのかもしれないけれど、眉間にしわが寄って難しい顔をしている。
「勇者の適性があるから、と言ったらラスに切り刻まれそうだね。それがあるのは大きいけれど、何より今回モーブが怪我をするに至ったあの、魔物使いの少年がいるからだよ」
ロディは穏やかな表情のまま説明する。
「彼には彼女が勇者の適性があると知られている。彼は自分を『魔物寄り』だと言った。ということは魔王側だと思って良いだろう。彼が魔王側でどんな立場にいるかは分からない。魔物と遊んで暮らすだけの少年かもしれないし、別に魔王側ではなくただ魔物と寄り添って生きているのかもしれない。
でも万が一、彼が魔王あるいは魔王に近い地位の者と話す機会のある存在だったら」
「……危機。勇者になりうる存在を知られてしまう」
ハルンが苦虫を噛み潰したような顔で言う。そうだ、とロディが頷いた。
「ライラ、キミは魔王側から命を狙われる危険性がある」
その際には街にいれば周りの人間も襲われるだろう、とロディは言った。ひとつところに落ち着けば、絆を深めた人たちを失う可能性がある。生まれ故郷を知られれば、ビレ村が狙われることも考えられる、と。
「だからキミは旅を続けた方が良い。いや、続けなければならないと言うべきかな。巻き込んだのはボクだ。だからボクもついていく。安心して」
ロディが微笑んだ。少し悲しげに見えたような気がしたのは、きっと。
「……モーブはどうするの」
ラスがどこか痛むかのように顔をしかめたまま言葉を絞り出した。みんなの視線がモーブに向く。モーブは困ったように笑った。
「とりあえず村に帰るよ。そこで療養して、落ち着いたら子どもたちに剣技でも教えようかな。あの指南所の指導者は、もうおじいちゃんのはずだから」
本物は振れなくても、培った技術を伝えることはできるだろうからとモーブは笑った。納得した表情で、自分の中でも受け入れている様子だった。でもそんなモーブの笑顔も少し悲しげに見えたような気がしたのは、きっと。
同じ村出身の二人の道が、別れざるを得なくなってしまったから。
「……不承。彼女には荷が重い」
ハルンが鋭い眼差しを私に向ける。それから苛立ったようにロディを指差した。
「覚知。魔王討伐はロディの悲願。今度は彼女に背負わせる気か」
「ハルン」
キニが警告を伴った響きで名前を呼んだ。ハルンは一瞬、躊躇したように見えた。それでも彼女は止まらなかった。
「監視。無茶をさせないためにみんないた。でも二人になったらロディ、彼女に難題を吹っ掛けるに決まってる」
ボクを何だと思ってるの、とロディが苦笑した。
「そりゃ子どもの頃は絶対に魔王をやっつけてやる! って思っていたよ。ボクらで絶対に叶えようって。大人になった今も無理だなんて思ってなかった。でも今回は、旅を続けても意味がない。この状態のモーブに魔王討伐を続けろって、それこそ無茶じゃないか」
諭すようにロディはハルンに言う。けれどハルンは怒り心頭でロディの言葉は頭に入らない様子だった。
「限界。人に背負わせた夢を追うな!」
叫ぶように言い捨てて、ハルンは踵を返すと駆け出して部屋から出ていってしまった。その後をキニが無言で追う。格闘家たちの脚は速く、ほとんど一瞬の出来事だった。
次に言葉を発するのが重くなった空気の中、何でもないように発したのはモーブだった。
「ハルンには後でボクからも言っておくよ。突然のことだからね、あの子もどうして良いか分からないんだと思う」
モーブは目を伏せて、すぐに上げた。憂いがあったとしても一瞬のうちに隠してしまって。
「みんなも好きにして構わない。残念だけど、パーティは解散だ。今までありがとう。
ライラ、キミにはつらい役目を押し付けてしまう。ボクが至らないばっかりに、勇者の適性があると知られてしまった。でも、道中、ロディがキミを必ず守ってくれる」
モーブの言葉に、ボクは優秀だからね、とロディは笑った。それから真剣な目を私に向けて、安心させようとしてくれているのか、穏やかな声で言った。
「キミには選択の余地がなくて本当に申し訳ない。ボクが必ず守るよ。ボクは攻撃も回復もどっちもできるからね」
「……決めたわ。あたしもついてく」
ラスが唐突に声をあげた。みんなの視線がラスに向く。
「ロディ、あんたのこと信用してないわけじゃないけど、やっぱり心配。あの魔物使いとまた遭遇して、あんたひとりで切り抜けられる?」
ロディは答えなかった。ただ優しく笑った。
「良いのかい、ラス。ダイが待ってる」
モーブも優しい表情でラスに尋ねた。ラスは良いのよ、と何処か遠くを見るように視線を投げる。
「可愛い女の子とロディを一緒にして置いてきたら、そっちの方が怒られる」
「なんだなんだ、みんなしてボクを何だと思ってるんだ」
え、とラスは目を丸くした。
「童貞魔術師」
「あーもう! またそうやって言う!」
「え、いつの間に童貞じゃなくなったの?」
「……童貞ですぅー。でもその方が魔力は上がるから良いんですぅー」
ロディが口を尖らせるのを見て、モーブが笑った。ラスも笑った。パロッコも笑って、ロディも笑った。ただ、私は笑って良いのか分からなくてまごついていた。
「……まだ村に戻るには怪我が治りきってないから、此処にいるよ。その間に、不安なことや心配なことがあったら何でも聞いて」
モーブが私の表情に気付いてそう言った。私は突然言われたことの整理がつかないまま、それでも選択肢がないことをぼんやりと理解しながら頷くしかなかった。