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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
5章 美しの毒
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12 早朝の畑ですが


「ライラさん? 随分早いんですね」


「リカルドさんこそ。私は山育ちで朝早いのが習慣づいてるだけですよ」


 翌朝、目が覚めた私は外の空気を吸いに院の外へ足を伸ばした。昨日ハンナに案内してもらった畑の様子を見に行こうと思って裏へ回ると、リカルドが鍬を振り下ろしているのを目撃したのだ。リカルドも早朝に人が現れるとは思っていなかったらしく、驚いた表情を浮かべている。


「子どもたちのための院ではあるが、だからといって何もしなくて良いわけではないから。朝食の準備もあるし」


「そっか、此処で一番頑張ってるのはリカルドさんなんですね」


 私がそう言うと、そんなことは、とリカルドは謙遜した。資金繰りも、子どもたちの保護も、その子どもたちの行く先も、父のような兄のような役割も、一手に担っているのだからその通りの筈なのだけど、そうと言わない彼はそれでもまだ足りないと思っている様子だった。


「貴女は不思議な人だ。子どもたちの警戒心を解き、ハンナの心を汲み、私に寄り添おうとする。その言葉に嘘はなく、世辞もない。嫌味がないから貴女の言葉は素直に入ってくる」


「わ、そんな風に感じて頂けたなら嬉しいです。全然そんなこと考えてないんですけど」


 急に褒められて私が驚くと、だからでしょうね、とリカルドは笑った。ロディに見せたのとは違う、安心したような笑顔だった。


「他意がないから裏もない。本心で言ってくれていると分かる。此処には傷ついた子しかいないから、貴女のそういうところは子どもたちにとってもとても重要だ。信じられる大人がいる、と思ってもらうのが第一歩だと、私は思っていて」


 そうですね、と私は頷く。大人に裏切られ、騙され、売られ、やっと保護された子どもたちだ。大人どころか人さえ信じられないと思っていても不思議ではない。傷ついても大人を頼らずには生きていけないから、今回はリカルドについてきたに過ぎない。信用されたとはまだ言えないとリカルドは続けた。


「まずは安全な場所だと思ってもらわなくては。寝床は安全で、食事は安全で、屋根がある場所から追い出される心配はない安全が確信できてやっと、周りに目を向けることができるようになる。今はまだあの子たちは笑ってはいても信用はしていない。笑っていた方が都合が良いと知っているから笑っているだけの子もいるだろう。いつか心から笑える日を、一緒に迎えられたらとそう思っている」


「素敵ですね。そうやって考えてくれるリカルドさんだから、きっとミアもリナも、ハンナも、新しく来た子たちの面倒を見ようとしてくれるんでしょうね」


 そうだと良いが、とリカルドは苦笑した。


「古株だから新米の面倒を見る、なんてことは大人になってからで良いと思っている。あの子たちが子どもでいられる時間を短くしてはいないかと思う時もあるが、ひとりではとても手が回らなくて」


「私には兄弟がいないから分からないけど、でも」


 私はキニとハルンの兄妹を思い出す。キニは飛び出していったハルンを追った。ハルンが投げつけた心ない言葉を代わりに謝った。そして本人にも謝るように促すことができる人だ。それは二人が培ってきた関係性によるものだと私は思っている。


「私の知ってる兄妹と、此処でお姉さんとして頑張る三人とは、あまり違いはないんじゃないかなって思いました。生まれも育ちも歳だってバラバラだけど、でも此処で生活していったら、みんなが兄弟みたいな関係になるんじゃないのかなって。先にいた子が新しい妹や弟をお兄さんお姉さんとして面倒を見て、そうして自分も成長していくのかなって感じます。それはきっと子どもらしい時間を奪うことではなくて、大人になるための、社会でやっていくための準備期間みたいなもので。誰かに傷つけられた子たちだからこそ、誰かに優しくされて、誰かに優しくすることを知っていってもらえたらなって、まだ来たばかりだけど私、思います」


 リカルドは呆けたように私を見ていた。何か変なことを言ってしまっただろうか、と思って私が不安そうに眉根を寄せるとハッとして、いや、と俯いてしまった。


「外から来た方にそう思ってもらえたなら私も報われます。自慢の妹みたいな、娘みたいな子たちですが、良い子だと認めてもらえたようで。ありがとう、ライラさん」


「良い子なのは間違いないですよ。ハンナは特にリカルドさんに助けられたことを女神様の導きだと感じているみたいで。リカルドさんにも女神様にも感謝をしてました」


 そうですか、とリカルドは頬を緩めた。彼だって子どもを育てたことなんてないのだろう。だから手探りで一緒にやってきた子たちが良い子だと言われれば嬉しくもなる。その気持ちは分かる気がして私は微笑んだ。


「リカルドさんはどうして院を開こうと思ったんですか?」


 何の気なしに尋ねた私は、彼が一瞬口を噤んだことに気づかなかった。優しい眼差しが向けられて、私も捨てられた子どもだったからです、と言われてハッとした。


「拾ってくれた養父母には感謝しています。小汚い子どもだった私を拾い、整え、教育を受けさせてくれた。彼らの本当の子どもは病死してしまっていて、歳格好が似ていたというだけの奇跡みたいな理由で代理になりましたが、彼らは私を愛してくれた。私はそれに報いなくてはならない。そして恩返しをしたいと、ずっと思っていたんです」


 それなりに地位のある家の養子に迎え入れられたから務めを果たす必要もあるのだと彼は続けた。


「拾われるまでは、いや、拾われてからもしばらくは周りが信用できなかった。養父母にも随分と噛み付きました。そんな私にできることといえば、受けた恩を同じような子どもたちに返してあげることくらいで」


「素敵ですね。恩返しの連鎖が受け継がれていくと良いなって思います。リカルドさんが受けた恩を子どもたちに返すことで、それを受けた子どもたちがまた別の子どもたちに返すような、そんな気がします」


 私がそう伝えれば、彼ははにかむように笑ってありがとうと応えた。そのはにかみ方は何となく、ハンナに似ている気がした。


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