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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
5章 美しの毒
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11 小さなおまじないですが


 二階は子どもたちの楽しそうな声で溢れていた。ミアとリナが子どもたちひとりずつにあてがう部屋割りを考え、クララがハンナと一緒に子どもたちの歯ブラシやタオルを準備している。複数人が使えるように設計された洗面所は子どもたちが順番を待って並んでおり、今はリンドが顔を洗い、ミリーがスワインの顔を拭いてやっていた。


「おやおや、大盛況だ」


 ロディが楽しそうな声をあげるとミアとリナが顔を上げた。どうしたのかしら、と歌うような声で問われ、ロディはにっこりと微笑む。


「此処で過ごす初めての夜が怖くないように、祝福をしに来たんだよ。部屋が決まった子から順におやすみの祈りを捧げよう」


「まぁ、素敵」


 クララが嬉しそうに笑った。咲き綻ぶ花のような笑顔は眩しく、私は一瞬見惚れてしまう。勿論貴女にも、と言うロディに綺麗な笑みを向けられてもクララは頬を染めなかった。ロディと交わす綺麗な人同士の笑顔を私も何度か見たことはあるけれど、こんなに穏やかで怖くない笑顔のやり取りは初めて見た気がした。


「部屋割りを決めたわ。さぁ、顔を洗い終わったらこちらへいらっしゃい」


 ミアが声をかけ、リンドとミリー、スワインの姉弟がまず近寄った。リナがひとつずつ部屋を案内し、明日は何時に起床だと教える。そうしてひとりずつ部屋に入っていくのをロディと私もついていって、ロディからの祝福を受け、一緒に眠りの祈りを女神様へ捧げて子どもたちにおやすみなさいと言う。ロディの祝福は子どもたちを安心させたようで、そして質素ではあるけれど冬の寒さを凌ぐには充分な毛布のおかげで、旅の疲れもあったのだろう子どもたちはすぐに眠りに落ちていった。


 最後にハンナの部屋の前に立った私は、控えめにノックをする。中から返事があって私だと告げればハンナはすぐ開けてくれた。ロディを見て驚いたように目を丸くしたけれど、中には入れてくれる。


「今日は色んなことがあって疲れたと思うわ。でもよく出てきてくれたし一緒にご飯を食べてくれたわね。子どもたちの世話までしてくれて、立派なお姉さんだわ」


 私が言うとベッドに腰掛けたハンナははにかむように笑った。最初に見せた怯えの表情は和らいでいるようだけれど、ロディのことを警戒しているのは感覚で分かる気がした。


「ハンナ、彼はロディ。下で挨拶したけれど一気に色んな人から挨拶されて覚えてないかもしれないわね。私と一緒に旅をしているの。色々なことを知っていて、沢山のことを教えてくれるのよ」


「買い被りすぎだよ、ライラ。やぁハンナ。ボクはロディ。こう見えて魔術師をしていてね、ライラからキミはよく“聞こえる”と聞いたから、おまじないを教えにきたよ」


 ロディの言葉にハンナは不思議そうに首を傾げた。おまじない、とロディの言葉を繰り返す。そう、とロディは安心させるように頷いた。穏やかな目は私を見る時と同じだ。


 ロディはハンナの前に移動し、腰を落として視線の高さを合わせた。正面からロディと向き合うハンナは、戸惑ったように視線を彷徨わせたけれど、結局はロディの顔にまた目を戻した。


「ボクは閉じ方を知っているけれど、閉じるには訓練が必要だ。周りの皆に教えて使えるようになるには時間がかかるし、これから出会う人全てにその方法を教えて頼むわけにもいかない。それよりは、キミが多少でも耳を塞ぐ方法を覚えた方が効率的だと思ってね」


 そのおまじないだよ、とロディは言う。秘密を打ち明けるみたいに、静かな声で。けれど何処か悪戯めいた響きを伴わせて。


「あなたは今、閉じてる?」


「そう。今は閉じてる。だからキミにはボクの声が聞こえないね。でもきっとライラの声は聞こえるんじゃないかい?」


 私は、え、とロディを見たけれどハンナがうんと素直に頷くのを見て少しドキッとした。私のどんな声が聞こえているんだろう。変な声じゃないと良いのだけど。


「歌、が」


「へぇ」


 ロディは興味深そうに私へ視線を向けたけれど、すぐにハンナへ戻した。目を閉じるようにロディは言う。ロディの言葉に素直に従いながらハンナは目を閉じた。ロディがひとつずつ、ゆっくりと質問を投げかけていく。


「キミも歌は好き?」


「好き。教会で聞いた歌が、特に」


「良いね。厳かで綺麗だ。女神様のことも好き?」


「好き。お祈りしてたらリカルドが助けに来てくれた。此処にいられる」


「そう、祈りが届いたんだね。でも此処だと、聞きたくない声も聞こえる?」


「……うん。街にいた時ほどじゃ、ないけど」


「我慢できなくなることもある?」


「普段はない。新しい子が来たら時々。今日はまだ平気。でも魔女が来ると、駄目」


「そうか。それなら女神様にまた祈りを捧げよう。少しだけ力を分けてもらえるように。全部は守ってもらえないけど、うずくまって動けない状態からは少し、前に進めるように。後はキミが耳を塞ぐようにする。最初は物理的にでも良い。慣れれば段々、おまじないを口に出さなくても心の中で唱えるだけでできるようになる」


 さぁ、ボクの言葉を繰り返して、とロディは言う。女神様へ加護を求める言葉をひとつ、ロディは口にした。ハンナがそれを復唱する。良いね、と褒めてからもう一度、とロディは繰り返す。ハンナも同じ言葉を何度も口にした。忘れないように。覚えられるように。祈りの口上はさながら教会で女神像を前に両手を組んで乞い願う信徒のようで。


「上手に言えたね。最初から上手くできるものではないよ。キミが何度も何度も女神様に願って此処へ来られたように、時間がかかる。けれどいつか必ず、諦めなければキミは耳を塞ぐことができる。ボクが保証しよう」


「本当に?」


 ハンナが訝るような声で尋ねれば、本当だとも、とロディは笑う。その笑顔は胡散臭いのだけれど、力強い声にハンナは信じることにしたようだ。


「苦しいこともある。上手くできないこともある。それでも大事なのは、女神様を信じて諦めないことだ。救われたことのあるキミなら奇跡を信じることもできるね。投げ出さないこと。約束してくれるかい」


 ロディの真剣な声に、ハンナは頷いた。ロディはにっこり笑うと祝福をハンナへ降らせる。ハンナは落ち着いたように頬を緩めると毛布を被り、おやすみなさいと言った。私もおやすみを返して、そっとハンナの部屋を出た。


「ありがとうロディ」


 お礼を言う私に、ロディはきょとんとした。特別なことはしてないよ、と微笑んでボクらも寝ようと静かに階下へ進む。久々の野宿ではない夜に、私も眠気を感じながらロディの後に続いたのだった。



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