5 お出迎えですが
「はー、思ってたよりでっけぇー」
フィンが幌の中から顔を出してフォーワイトを見上げた。鉄門扉の向こう、二階建ての古めかしい家が建っている。私も首を伸ばして建物を眺め、フィンと同じ感想を抱いた。五人の子どもが保護され、その世話をする人がいたとしても余りありそうな大きさだ。もっとこじんまりとしたものを想像していただけに私も驚いた。
「ゆくゆくは学校を併設させたいと思っているんだ。子どもは未来の宝だから」
リカルドがフィンを振り向いて言う。学校なんて行ったことないと言うフィンに、だからだ、とリカルドは返す。その表情は優しくて、お兄さんという年齢だけれど私にはお父さんにも見えたような気がした。
「今は二週に一度、司祭様がいらっしゃる。読み書きくらいなら私も教えられるが、それ以上となればな。だが、そこまでできるようになる前に、まずはおまえたちの生活を潤沢にしなければ」
リカルドはそう言うと馬を降りて敷地内に入るための門を押し開く。ぎぃ、と重たい金属の音をさせて門が開いた。馬車も通れる広さの道は轍の跡が残り、頻繁に馬車の行き来があることが窺われる。ロディが手綱を操って馬を進め、護衛のために徒歩のラスが後に続いた。リカルドは殿で扉を閉めてから先頭へ舞い戻る。建物の扉が開いて、中から少女たちが駆け出してきた。
「おかえりなさい!」
「新しい子が来たのかしら、それとも新しいパパやママ?」
二人ともまだ幼い、十歳前後の少女だ。長い髪をおさげに編んで揺らしながらリカルドに駆け寄ってくる。表情は明るく、ひどい目にはあっていなさそうだった。
「新しい家族ではあるな。院のことはおまえたちの方がよく知っているから、親切にしてあげなさい」
リカルドは馬から降りながら少女たちへ声をかけた。はぁい、と二人の少女は明るい返事をする。
「私はミア、新しい家族さん、早くお顔を見せて頂戴」
「私はリナ、早く早く、院の中を案内してあげるから」
少女たちは幌の中に向かって歌うように声をかける。おや、とロディが声をあげる。御者台のところでは一番に目が合ったのだろう。ミアもリナも驚いたように目を丸くした。
「まぁ、お人形さんみたいだわ。綺麗な人、お名前を教えてくださるかしら」
「初めまして、ボクはロディ。キミたちはこの院では長いのかい」
ロディが柔らかな声で返すと、ミアとリナは顔を見合わせてくすくす笑う。そうよ、とリナが答えた。
「此処には三年くらい。色んな子が来たわ。色んな子がいたわ。新しい家族と一緒にいなくなった子、大人になって街で暮らしてる子、色々よ。私たちはリカルドと一緒に此処へ来たの。ボロボロのこの家を掃除して、住めるようにしたの。だからこの院を気に入ってくれたら嬉しいわ」
そうか、とロディは返した。声の調子から微笑んだ様子だ。
「キミたちは最初の子なんだね。新しく来た子たちの世話もしてくれるんだ」
そうよ、とミアが答える。同じような髪型と同じような格好をしているけれど、二人は姉妹ではなさそうだ。恐らくはもっと強い絆で結ばれた。
「この家が子どもたちの声で賑やかになるのをリカルドは望んでいるの。勘違いしないでね、リカルドは誤解されやすいけど良い人なのよ」
「私のことは良い。ほら、おまえたちも降りなさい。二人に中を案内してもらうと良い。ミア、リナ、畑の方も見せてやりなさい。今日は人数が多いから料理は私がやろう。豆を多めに収穫してもらえると助かる」
リカルドが口を挟み、ミアとリナは再びはぁいと明るい返事をした。促されて馬車から降りたフィンとミリー、スワインとリンドが二人について行った。クララだけは降りず、目を伏せたままだ。けれどリカルドはクララに降りるようには言わず、つと視線を向けただけでその後はラスに向き直った。
「護衛、ありがとうございました。無事に辿り着けました。尾行の類もありませんね?」
当然、とラスは鼻を鳴らす。
「そういうものはなかった。あたしが保証する」
それは何より、とリカルドは笑んだ。子ども相手には優しく笑うのに、大人相手になると少し怖い笑い方をするのは何故なのだろうと私は思う。相手を信用していないような気さえする、警戒した笑み。
「ところで、ライラさん、でしたね」
不意にリカルドの茶色の目が私を向いて私は驚きつつも返事をした。リカルドは目を細めて微笑んだ。警戒はしているけれど、少し何かを迷うような色が見える気がする。
「少しお願いしたいことがあるのですが、聞いてもらえますか」
「何でしょう」
ラスが鋭い目を向けたような気がしながら、私は緊張して答える。いえ、とリカルドは目を伏せてから建物の二階を見上げた。つられて追うと窓に人影が動いた。
「実はもうひとり、ハンナという十四歳の子がいるのですが。近く、寄宿学校へやることが決まっていて。けれど自室に引きこもってしまって出てこないんです。恐らくは家を追い出されると思っているんじゃないかと想像はするんですが、何分、私は嫌われてしまって話を聞いてもらえない。貴女は道中、子どもたちと楽しそうに過ごしていたし、人と関係を築くのが上手い人だと思う。もし良ければ、ハンナと少し話をしてもらえないでしょうか」
「私が、ですか?」
そんな大役を突然仰せ付かるなんて、と私は驚いた。ラスやロディも同じようだ。セシルは口には出さないものの、むっとした表情を浮かべている。
「ハンナは教会の賛美歌を聴くのが好きな子です。貴女の声もきっと気に入る」
どうです、とリカルドは私に視線を戻した。
「歌姫の貴女への依頼、引き受けてくれますか?」