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私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
5章 美しの毒
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4 子どもたちとの自己紹介ですが


 護衛、とラスが繰り返す。そう、と青年は頷いた。


「私の行く先が本当に保護施設なのか確認もできる。私たちは先ほどの残党に待ち伏せをされていても無事に切り抜けられる。お互いに得な取引だと思うが?」


 なるほど、と私は内心で納得した。青年側に得な要素しかないようだけれど私たちの不安も払拭できる良い機会だ。助けた手前、そしてこの青年が信用に足る人物かどうか確認するためにも私たちの同行は理に適っているように思えた。


「仲間と相談する」


「どうぞ」


 ラスの硬い声に青年は物腰柔らかに、促しさえするように手振りで示す。ラスはそれに一瞥くれるとロディや私を見た。


「というわけだけど、どう思う」


「良いんじゃないかな。彼の言に乗ったとしてこちらに不利になるものもない。見たところ彼はナイフくらいは持っていたとしても丸腰だし、その保護施設だって実在するか言葉だけで確認せず任せるのもどうかと思う。彼の言っていることは理屈が通る」


 ロディは賛成の様子だ。私も同意し、セシルは興味がなさそうに皆の決定に従うと答えた。何かあっても彼ひとりになら対処ができる。そう踏んで私たちは取引を呑んだ。勿論報酬は払うと彼は約束し、かくして彼の経営するという保護施設、フォーワイトに向けて私たちは出発したのだった。


 子どもたちは全員私たちの馬車の幌に乗り込んだ。靴を履いていない子もいたし、馬車は広い。五人の子どもと私やセシルが乗っても充分なスペースがある。青年は馬で来たから馬車があって助かったと笑った。


「自己紹介しておきましょう。私はリカルド。子どもたちの保護施設、フォーワイトを経営しています。短く院と呼ぶことが多いし子どもたちも家というより院と呼ぶ。そう呼んで頂いて結構です」


 青年はリカルドと名乗った。銀青の髪が揺れ、明るい茶色の瞳が笑う。主に商売をしていて慈善事業として子どもたちの保護施設を立ち上げらしい。院には五歳から十五歳くらいまでの子が現在は三人いると言う。それぞれが捨てられ、売られ、帰る場所のない子どもたちだ。


「最近の商人は武芸にも精通しているんですか?」


 ロディが尋ねる。その顔は意地悪を考えている時の顔で、私は内心でハラハラしながらリカルドの返答を待った。彼も同じような表情を浮かべてこんなものは齧った程度ですと返す。アマンダとのやりとりを思い出して私は肩を縮めた。


「オレはフィン。十三歳。親が流行り病で死んじまってから町をうろついてたんだけど、パンを盗んだところを捕まって人売りに引き渡された。ま、働き口を見つけてやるって名目だったけど、蓋開けてみれば人売りだったってとこだ。行くとこなんてねーから助かったよ」


 最初にリカルドへついていくと決めた少年が次は自分の番とばかりに口を開く。あっけらかんと明るい話し口は生来のものなのだろう。悲観している様子もなく、前向きな様子が窺われた。流行り病で親を亡くしたという点には共通点があり、私は小さく息を呑む。本当に流行り病は大切な人を奪っていくのだと思いながら。


「あたし、ミリー。弟のスワインと一緒に売られたの。パパは新しいママが来てあたしたちが要らなくなったみたい。帰るところなんてないわ。でも二人一緒で良かった」


 赤茶色の髪を揺らし、十歳くらいの少女が口を開いてフィンの後に続いた。ミリーと名乗った少女の隣にはまだ幼い少年が自分の親指を吸いながら座っている。七歳くらいに見えるが、仕草はもっと幼く見えた。


「可哀想に。スワインは話すのを辞めてしまったの。だからいじめないであげてね」


 ミリーがスワインを抱きしめて私たちをぐるりと見回す。髪と同じ赤茶の目が私を見て、私は神妙に頷いた。いじめるつもりは毛頭ないけれど、そうと言っても言葉を信用しないのは彼女も同じに見えたからだ。


「ぼくはリンド。家からは逃げてきた。帰るつもりもない。帰りたくもない。遠いところへ行きたかった。拾ってもらえたのは幸運だ」


 馬車に背をぴたりとつけて膝を抱え、黒髪の間から少年が言う。フィンと同じくらいの歳の頃だが、声変わり前なのか少女のような容貌も相俟って少年には見えにくかった。怖い目に遭ってきたのかもしれない。そうでなければあんな周りを警戒するような目で見たりはしないだろう。


「ま、みんな色々あるってことだな。これから行くところももしかするとひどいことするかもしんねぇけどさ、道中よろしくな」


 フィンが軽い調子で言う。馬車の外を自分の馬で並走するリカルドが聞こえてるぞと声をかけ、フィンは肩を竦めた。小さな笑いが起こるも、保護された子どもたちが心に手放せない重たい想いを抱えているのは明白だった。


「……あー、その、あんたも一応自己紹介しとくか? えっと、クララお嬢様、だっけ」


 フィンが気を遣いながら視線を向けた。所在なげに座る綺麗な少女は自分に話しかけられたと知ると少し体を震わせる。おどおどと視線を彷徨わせた後、小さな声でクララです、と呟くように言った。


「私も助けられた身です。お嬢様などとは呼ばずに、どうぞ」


「でもお嬢様なんだろ?」


「私自身の力では何も」


 目を伏せるクララにフィンが困ったように周囲へ助けを求める。視線が合った私は、それじゃあクララ、と呼びかけた。胸の内は緊張していたけれど、それはクララも同じなようで緊張して怯えさえ見せる目が私を思わずといった様子で見た。


「次は私たちの自己紹介を聞いてくれるかしら。私はライラ。歌姫が天職なの」


「うた、ひめ」


「すげー! 歌姫って初めて見た! なぁ何か歌ってくれよ、オレ、知ってる曲なんて全然ないけどさ、そういうの聞くのは好きなんだ」


 目を輝かせたフィンに押され、私は歌を歌い始める。知ってる、とミリーが表情はついてこないものの合わせて歌ってくれるから私は少しでも明るい雰囲気になればと手遊び歌も盛り込んだ。フィンが見よう見まねでやってくれて、御者を務めていたロディが手拍子で参加する。セシルは興味がなさそうにしていたけれど私が視線を向ければ仕方がないとやってくれる。


 そうして少し賑やかに進むうちに、馬車はリカルドの案内によってフォーワイトへと辿り着いた。


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