表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私の天職は歌姫のはずですが  作者: 江藤樹里
5章 美しの毒
114/359

2 人売り会場への乱入ですが


 木立は秋の終わりの光を受けてキラキラと木漏れ日を揺らしている。獣の声はないが鳥の歌声は聞こえていた。殺気立っている気配はない。遠くで宴会の真っ最中のような賑やかな声がする。やんややんやと囃し立てるその声は祭りのようでもあった。


「……待って」


 セシルが小声で言う。私にはよく聞こえたその声に足を止め、ラスを呼び止めた。自然としんがりを務めたロディも足を止めて怪訝そうにセシルを見つめた。セシルは枝を伝ってきた森の小鼠に話しかけられその声に耳を澄ませているようだ。


「そう、ありがとう」


「何か聞けたかい」


 セシルが小鼠に小さく手を振り見送るのを待ってからロディが尋ねる。その目には何かを窺うような色が見えた気がして私は首を傾げた。けれど訪ねる暇もなく、セシルは知ってか知らずかロディに視線を一度だけ向けてから木立の向こうへ移した。


「違うところにも何台も馬車が停まってるって。あれに参加するなら荒くれ者もいるから気をつけろってさ」


「あれ?」


 また首を傾げた私に、セシルも肩を竦める。そこまでは言ってなかったけど、と続けて目を伏せる。


「襲われた馬車に人攫いと来れば、次に待つのは人売りだ。売られて買われて、そういう場所だと思う」


「……っ」


 息を呑んだ私に、碌でもないよ、とラスが苦虫を噛み潰したような声と顔で言う。このご時世で珍しいことではない。ヤギニカで私も助けてもらわなければ此処にはいないだろうし、ビレ村ではなかっただけできっとそういった話は沢山ある。売られた人がどうなるのかは知らないけれど、売られる前の生活とはがらりと変わってしまうのだろう。


「ってことは、女子どもがいるってことだね。人数は言ってなかった?」


「残念ながら其処までは」


「事前に分かっただけ充分さ。助かるよ」


 ラスは背中の剣を抜いた。人の売買は当然誉められたことではない。その分腕っぷしの強い者が護衛と称して一緒にいることが多い、とロディが教えてくれる。それは買いに来た裕福な者に対しても効果的だし、売られる者に対しても反抗の意思を持たせないようにすることもできる。


 私もヤギニカで腕を掴まれただけで動けなかった。助けに来てもらわなければあのまま連れて行かれていただろう。特に筋骨隆々というわけではない男性三人組にさえそうだったのだから、腕っぷしが強い人がいるなら逃げ出すことも考えられないかもしれない。


 音を立てないように私たちは再度進み始めた。囃し立てる声が事情を知ってしまうと途端に気分の悪いものに聞こえた。お祭り気分ではあるのだろう。ただそれは、自分が売られる側にならないと確信できる人だけが楽しめる趣味の悪い祭りだ。


「お姉さん」


 セシルが少し距離を詰めて小声で囁いてくる。私はセシルに視線を移した。嵐のような灰色の目が労るように私を見つめて、大丈夫だよ、と赤い唇が言葉を形作った。


「あの夢の中で言ったことは変わらない。僕がお姉さんを守るから」


「セシル……ありがとう」


 自分よりも歳下の少年に気遣わせてしまった、と思って私は微笑む。上手く笑えたかは判らないけど、セシルが頷いてくれたから良いことにする。そして心配をかけないようにしなければと気持ちを新たにした。この中では私が一番、足手纏いなのだから。


「ロディ、見えたよ」


 ラスが足を止めて後方の私たちにも足を止めるよう指示する。声をかけられたロディは一番後ろから先頭のラスへ近づいて首を伸ばした。ははぁ、と目を細めて思案するように唇を歪める。


「胸糞悪いね」


「同感だよ。この子たちには見せたくない」


「そう子ども扱いするものでもないんじゃないかな。まぁでも、見せたくない気持ちは解る」


 私はラスとロディの背中で見えない向こう側の景色を想像して震えた。この二人が見せたくないという光景はどれほどの怖い景色だろうか。


「早いとこ助けてあげないとお嬢さん方が風邪を引いてしまいそうだね」


「でも人数が多い。客の方はどうする」


「お嬢さん方を助け出す方が優先だ。連れて逃げられたんじゃ意味がないし。客も、悔しいけれど人売りの方も逃げるならそのままにするしかない」


「そうだね」


 ラスが私を向いた。話があるような雰囲気だから私は少し二人に近づいた。セシルも少し寄って話が聞こえるようにしている。


「二人には売られそうになっている人の救護をお願いするよ。女性も子どもも、少年もいる。あの人たちは武器を持っていないことを示すためにほとんど衣服を剥がれていて、何より怯えている。二人が助けに来た側の人間だと安心させてあげてほしい」


 私は頷いた。セシルも頷いている。その隙に、とロディがラスの言葉を引き継いだ。


「ボクらが悪いやつらを蹴散らすから、近寄らないようにね」


「分かった」


「二人とも気をつけてね」


 私たちが了承すればラスとロディも頬を緩めて頷いた。大雑把な打ち合わせをして、ラスとロディはお祭り騒ぎのその中へと乱入していった。


「そこまでだよ! 人の売り買いなんてやめな!」


「逃げるなら見逃してあげないこともない。歯向かうなら」


 ラスが剣を構え、ロディは杖の先から脅すように炎を吐かせた。


「丸焦げにしてあげよう」


 やんやの喝采を見せていた会場は乱入者の登場に血相を変えた。逃げ出す者、足をもつれさせて顔をしたたかに地面に打ち付けて転ぶ者、武器を取る者、おろおろと右往左往する者。四方八方てんでばらばらに走り出し、売られそうになっていた者たちはひとかたまりに身を寄せ合った。


 私とセシルはその人たちのところへ人波を掻き分けて走り寄る。エミリーの編んだストールを裸同然の少女や少年の肩にかけ、武器を持って襲ってくる者がないか気を配った。ラスもロディも上手に捌いていてこちらへやってくる人はない。私は青い顔の皆に大丈夫だと声をかけ続けた。


「助けにきました。大丈夫です、大丈夫ですからね」


 怯える少年少女は歳若く、私やセシルと同年代に見えた。言い方は嫌いだが商品であるためか見た目には傷つけられた様子はない。その中で一際美しい少女が目を引いた。陽の光に反射するほど白い肌に、震えてはいるが形の良い綺麗な赤い唇、大きな栗色の目に、色素の薄い薄茶の巻毛は光の加減によっては金糸に見えた。何処かの令嬢のようだ。衣服を身につけていることから、あの堅牢な馬車に乗っていた可能性に私は行き当たる。衣服を剥ぐ暇もなく競りにかけられていたのかもしれない。


「助かりますから、大丈夫ですから」


 私は懸命に声をかけ続けた。そうしていつしか、怒号や逃げ出す慌ただしい足音は消え、震える息遣いと呼吸を整える音だけが辺りに響いていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ