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11 親切な知らない人について行った結果ですが


 私は親切な三人が人通りの少ない道を進む後をついて歩いていただけなのだけど、着いたのは薄暗い突き当たりの路地だった。木造の建物が多いこの街で、石造りの建物が目立つ路地は何だかひんやりとしている。薄暗い路地にはパロッコの姿どころかアンドレアの像も待ち合わせをする人々の姿もなく、私は休憩でもするのかと首を傾げた。


「あの……」


 山育ちだから体力には自信がありますよ、と伝えようとした私を振り返った彼らは、ニヤニヤ笑いを浮かべている。そんなに面白い場所とは思えないけど、何か楽しいものでもあるのだろうか。


 私がキョロキョロと周りを見回していると、最初に声をかけてくれた青年が私に尋ねた。


「ライラちゃんってビレ村とやらから来たんだったよね?」


 歩きながら色々と訊かれたから答えた内容で、私は頷いて肯定する。


「歌姫になりに来たんだっけ? 凄い人気者になれるチャンス知ってるんだけど、そこ行ってみる?」


「え、そんな、そこまでして頂くわけには」


「遠慮しなくて良いよ。その代わり、ね?」


 青年が何を求めているか分からなくて私は更に首を傾げた。代わりに、なんだろう?

 更に首を傾げる私の様子を見ながら、後ろの二人がヒソヒソと小声で話し始めた。


「さすがに……よ」


「器量は……になる」


「……身内もい……」


「……都合が良いさ」


「これから俺らのお得意さんのところに行くから、少し綺麗にしよっか。もっと着飾ればライラちゃんならそれだけで良くなりそうだ」


 青年が私に顔を近づけながら言う。私は驚いて少し後ずさり、着飾る、と耳が捉えた言葉を繰り返した。そう、と青年はにこりと優しく笑った。


「俺らの知り合いに貸し衣装屋をやってるやつがこの建物にいるからさ、ちょっと借りて着てみようよ。ライラちゃんなら何着ても似合いそうだね」


 路地の突き当りに建つ建物の二階を指差しながら青年が言う。それで此処に来たのかと納得して、でも私はそこまでしてもらう理由が見つからなくて躊躇った。


「でも本当に、どうしてそこまでしてもらえるのか分からなくて……」


「いいのいいの、ライラちゃんにそこまでする価値があるって俺らが思ったんだから」


 でも、と私が尚も躊躇っていると青年は少し苛ついたように息をついた。


「あのね、何の繋がりもなくやりたいことやろうって思っても無理だよ。支援者も必要だし、そのためには何だってする覚悟が要るはずだ」


 正論に私は何も言えなくなった。才能だけではダメよ、と母も言っていたことがある。だから歌ばかり練習していてもダメ、ダンスも練習なさい、容姿も武器になるからお手入れは欠かさないこと、と母は沢山のことを教えてくれた。売り込める武器はいくつあっても足りない。だけど、と母はこれが一番大切、と私の眼を真っ直ぐに見て言った。


 ――自分が心からそうしようと思えない時は、よく考えて選びなさい。


 私は親切にしてもらった青年の顔を見上げた。彼は私の返答を待っている。どうしてこの人たちがそんなに親切にしてくれるか分からない。よく考えれば、私は彼らの名前も知らない。名前を訊かれて答えた後に尋ねてみたけれど違う話題で返されてそれに答えているうちに訊く機会を逃してしまった。私のどこを見て親切にする価値があると思ったのかも分からない。知らないことだらけだ。


「色々訊いても良いですか」


「あー……良いけど、先に貸し衣装屋に入るかどうかは決めてほしいな。ほら、時は金なり、って言うでしょ」


「……入れません。それを決めるためにも色々訊きたいと思ってます」


「……んー……」


「もういいんじゃねぇの、ここまで来たら俺らの縄張りだろ」


 後ろの二人が割って入ってきた。三人で何やら話した後、そうだね、と青年が笑った。


「ごめんね、ライラちゃん。良い人のフリしたまま騙せたら良かったんだけど、時間も迫ってるから」


 青年が穏やかに笑いながら言う。笑顔は何も変わっていない筈なのに、雰囲気が変わった気がして私はまた後ずさった。


「おーっと、ライラちゃん、それ以上はだーめ」


 いつの間にか私の背後に回り込んだ三人組のひとりが私の肩を掴む。私が体を震わせても離さない。肩を掴まれて私は身動きが取れなくなった。


「騙せたらって、どういう……」


「そのまんまの意味だよ。キミを騙して人身売買の仲介人に売り渡すんだ。キミは美人だから少し綺麗にするだけで垢抜けるだろう。高く売れそうだ」


 なんて優しい笑顔で言うんだろう、と悲しくなって私は眉根を寄せた。笑って、と青年が優しく言う。


「笑顔の方が高く売れるよ」


 私を安心させてくれた彼の笑顔はもう、ただただ恐怖を覚えるものでしかなかった。人を売り買いするなんて恐ろしいことに手を染めて、悪びれもせず笑顔で品定めをして騙す。ビレ村には家族を愛する人たちしかいなかった。けれどそういう悪い人もいるのだと、父の謳う勇者さまの冒険譚で教えてもらったことがある。でもそこでは勇者さまが大活躍をして、どう対処すれば良いかまでは学ばなかった。


 母に教えてもらったステップでこの場を切り抜けられる気はしないし、何より肩を掴まれていて動けない。逃がさない、という意図を感じる力の込め方に私は下手に動いた方が失策だと咄嗟に思った。


「衣装はもうそのままで良いか。開始時間に間に合わなくなる。街外れに馬車を用意してあるから、そこから移動だよ」


 話しかけられて、私は思わず彼から目を逸らした。そこへ、ふわふわの塊が頭上から降ってきて私は思わず受け止める。私と青年の間に割って入るように降ってきたそれは、私が宿に置いてきたはずのふさふさ尻尾の小動物だった。


 突然の登場に誰もが一瞬呆けた。一足先に我に返った私は、肩を掴んでいた男性の力が少し緩んでいるのを感じ、駆け出した。


「助けて!」


 そう叫んで私は山育ちの脚で駆けようとしたものの、走り出すのが遅れた長い髪の毛をむんずと掴まれ、うめき声をあげて後ろにひっくり返りそうになった。


「逃がすかよ!」


 語気を荒げた男性に再び肩を掴まれて、私は怯んで息を呑んだ。優しい笑顔を崩さないままの青年は、無駄だよ、と憐れむように私を見る。


「この路地では何があっても誰も関与しない。当事者同士で話をつけるしかない、そういう場所だ。助けを求めたって誰も来やしないよ」


「そうか。なら何をしても良いということだな」


 度肝を抜かれて目が点になった。私が抱きしめていたふさふさ尻尾の小動物が喋り出したのだ。低い、男性の声で。


「な……っ」


 全員がふさふさ尻尾の小動物を凝視する中、突風が吹いた。魔物使いの少年に襲われた時にも吹き荒んだあの風にどこか似ている気がした。息を詰まらせ目を閉じる私の肩を掴んでいた手の感触が消えた。頬を優しく風に撫でられて、私は恐る恐る目を開ける。


 目の前には、夜が立っていた。



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