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20 選ぶものですが


「あまり遠くへは連れて行くなと言った筈だが、夢の妖精たちの巣へ行くなんておかしなことをするものだね」


 私は聞こえてきた深い声に意識を引っ張られ、目を覚ます。とは言っても以前も見たその景色は、大蛇の夢の中だったけれど。


 頬をぺろりと舐められて私は目を開けた。ざらりとした舌とふさふさの尻尾が目の前にあって、私は手を伸ばしてその毛並みを撫でた。めぇー、と小さな声でコトが鳴く。


「おはよう、娘。私の夢の中ではあるがね」


 湖の底で大蛇はゆったりと私に話しかける。私は横たえていた体を起こして軽く頭を振った。おはようございます、と返せば大蛇は首を傾げるように動いた。


「危ないところだった。しばらくはその魔物と離れない方が良い。夢に携わるのは何も彼女たちだけではないからね」


「そういえば私、女王様に捕まりそうになって」


 私は辺りを見回したけれど湖の底に翅持つ少女の姿は見当たらない。私の夢は彼女たちの管轄外だよと大蛇は優しい声で答える。


「ある程度の力を持った魔術師は自分の夢を自分で管理するようになるし、夢に関わる魔物と契約を結んだ魔物使いも彼女らの干渉を受けなくなる。珍しいことではないさ」


 それなら、と私はコトを見下ろした。ずっとポケットに入って大人しくしていたコトがあの瞬間もぞりと動いた感覚を私は覚えている。助けてくれたのはコトなのだろう。ポンセが無事か心配になったけれど女王様は自分の発言を翻したりはしない性格に思えたからひとまずは無事だろうと思った。


「さて、私は再びの眠りの中でお前に会っているわけだが、どちらを選ぶかは決まったかい、娘」


 大蛇の夢の中でセシルと一緒に聞いた言葉を私は思い出す。どちらかを選ぶように言われたことを。それによって大蛇は何か良いことを教えてくれるらしいことを。


 けれど私にはとんと見当がつかなくて困ってしまった。選択肢も、そもそも何の話題なのかも私には分かっていないのだから。


「それともお前は永遠に誰かの夢の中にいることを選ぶのかい」


 今のこの状況も誰かの夢の中なのだけど、恐らくは他の意味も含まれているのだろうと思って私は大蛇を見上げた。最初の別れ際にも言っていた、誰かの夢、という言葉が私の中で引っかかる。


 セシルやモーブ、少年の夢を渡って見てきた。夢のカケラが採れて、夢それぞれに味がする。目覚める前にその夢からは退出して、別の誰かの夢へ渡る。自分が入ることで夢の中で筋書きを少し変えたけれど、それに意味はあったのだろうか。


「数人の夢を見たけど、苦しい夢を見ている人が多かったです」


 モーブの夢の全ては知らないけど、見られたくないと言ったモーブの気持ちは分かる気がした。そもそも自分の夢は自分だけが見るものなのだから。けれど自分だけでは閉じ込められて囚われて出ることも変えることもできない夢をただ見続けるのは苦しいだろうことを私は知っている。


 両親の夢は心が痛む反面、もう現実では会えないのだから夢の中でくらい会いたいという思いも抱いてしまう。


「勇者の“適性”がある人の夢ばかり今回は見て、勇者であることは大変だと思いました。魔物使いの“適性”があることも大変だと思ったけど、勇者であることも同じくらいに」


 話す私の言葉を大蛇は静かに耳を傾けて聞いてくれる。私は膝に乗ってきたコトのふさふさ尻尾を撫でて、考えながら言葉を続けた。


「私にも勇者や魔物使いの“適性”はそれなりにあるけど、それらとしての人生を求められて来なかったから考えたこともなかった。ずっと歌姫としての力ばかり伸ばしてもらっていたから。

 勇者が天職の人が見つかるまで、と思って旅を続けることにしていたけど、セシルが魔王とは何の繋がりもなさそうというのが分かった以上、きっと私の旅はもう終わっても良いものなんだろうと思います」


 セシルが魔王側についている可能性を考慮して旅を続けた方が良いと言われたから私はそうしただけだ。モーブの呪いにも似た待遇を聞いた時も、セシルの歩んできた道に思いを馳せた時も、私は自分が守られていたことを痛感しただけだった。今でもそうだ。守ってもらって、自分では何も守れない。けれどもし、あの夢に囚われていた少年の心を少しでも助けることができていたなら。


「私はずっと誰かに言われて、頼まれて、沢山の手助けをしてもらいながらこなしてきただけです。自分では選んできたけど本当には選んできていなかった。いつも誰かの言葉を聞いて、誰かの後をついて、進んできた。

 もしかして、誰かの夢というのは」


 私はハッとして大蛇の目を見つめた。大蛇は何も言わずに私を穏やかに見つめている。風のない湖の表面にも似た目は静かで、私は逸る思いを抑え込みながら言葉にして尋ねる。


「誰かの願いのこと、なんですか」


 大蛇は目を細めただけで肯定も否定もしないけれど、答えないことが何よりも答えのようで私はそうなんだ、と自分の中に落ちた感覚を見つめていた。


 誰かの願いを引き受けて誰かの願いを叶えるために動くのが勇者なのだとしたら。それはとても優しくて、ひどく残酷なことに私には思えた。少年の夢で見聞きした被害にあった村人たちの願い。それを受けて少年は訪れ、助けに奔走しようと自らを奮い立たせていた。あんなに幼い時分のうちから。


 自分はどうだろう、と私は胸の内に問いかける。勇者の“適性”がそれなりにある私は、誰かの夢を叶えたいと思うだろうか。自分の歌姫になりたいという願いもあるのに。魔王討伐を願う声を、復讐を願う声を、私は引き受けられるのだろうか。


 此処で、選択を迫られているのだと私は気づいた。頼まれた夢は誰かに託し、自分の夢を追っても良い。引き止めるものはないだろう。魔王側に私の情報は漏れていないし、歌姫の夢を叶えるために彼らと別れたとしても。元々はそのつもりだったのだから。


 けれどその頼まれた夢を誰に託すのか、と考えると、セシルしかいないことに私は思い至る。他に勇者の“適性”があるのはセシルだけだし、モーブに対する負い目から頼めばセシルは引き受けてくれる可能性だってある。ロディやラスとの関係性は心配だが、勇者になるならあの二人は自分の思いを飲み込んで接してくれるだろう。魔物使いのセシルは自分で戦う術も持っている。足手纏いになる私が行くより遥かに有用な旅になるだろう。


 それで良いのか、と私は尚も自分に問う。私の選択をきっと彼らは尊重してくれる。どちらを選んでも。後は私がそれを頼めるか、頼みたいと思うかどうかなのだろう。そして此処で選択することでこの大蛇は、何かをくれようとしている。勇者をセシルに押し付けようとすれば絞め殺すのかもしれないし、体よく押し付けられるような文言を授けてくれるのかもしれない。人間らしい、と大蛇は私を評した。そういう汚い部分もきっとこの大蛇なら愛してくれるだろう。


「私の、選択は」


 思いを固めて、私は言葉を唇に乗せた。





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