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16 嵐の前の静けさですが


「勇者……?」


 言いながら私はポンセに視線を向けた。ポンセは私をじっと見つめている。私はモーブの話を思い出した。勇者だけが見ることのできる夢。誰かの夢に入り、共有する。モーブの話が本当だとして、この少年が勇者だというなら間違いない、彼がこの夢の主だ。


「二人で旅を?」


 私はポンセから少年に視線を戻して尋ねる。彼は頷いた。夜と同化した髪が揺れ、白い肌に影を落とした。


「でもオレ、全然駄目だ。誰かを助けるとかできない」


 狼に似た魔物が少年に頬を擦り寄せた。少年とは対称的に全身真っ白なその姿は月が地面に降り立ったかのようで、とても綺麗だ。彼は手を伸ばすとその頭を撫で、耳の辺りを掻いた。


「グリムがいなかったら魔王軍のそいつにもきっとやられてた」


「貴方が無事で良かったわ」


 私がそう言えば彼は驚いたように私を見て、それから苦しそうに笑った。


「守られてばかりの勇者なんて、誰も求めてない」


「ねぇ、勇者の“適性”があるからって無理にならなくたって良いのよ。ましてや貴方はまだ幼いわけだし」


 ブルブルと彼は頭を振る。それは私の言葉を振り払おうとしているかのようで、そうして再度私を見た目は揺らがない決意を称えていた。その目を私は知っている気がした。


「オレを育ててくれた人の願いなんだ。オレはそれに、報いなきゃならない」


 両親が私の歌姫としての技術を伸ばそうとしてくれたように彼もそうしてもらったのかもしれない。それなら他の生き方を模索するなんて、まるで裏切りのように感じるだろうと私は気付いてそれ以上は言わなかった。それでも彼には彼の生き方があるはずだと私は思うけれど。


「魔王軍はもう此処にはいないわ。そいつで最後。村人はまだ息がある人も多いから、することは沢山あるわよ、勇者サマ」


 ポンセが口を開く。少年はハッとした表情を浮かべると、うん、と頷いて立ち上がった。


「お姉さんも気をつけて。それじゃ、行こう、グリム」


 魔物が吠えて少年と駆け出した。私はその背中を見送った後に、ポンセへ再び視線を向けた。ポンセは表情の読めない顔で私を見る。黒目しかない目は真っ直ぐに私を見つめるけれど、其処に感情は浮かんでいない。押し隠しているように見えた。


「ポンセ、この夢は勇者の“適性”がある人しかいないの?」


 私は恐る恐る尋ねた。ポンセは首を振る。


「夢は誰だって見るわよ。アタシ達の担当が、勇者“適性”のある人間なだけ。アナタ達は何て言ってるんだっけ。天職とか、それなりとか? 程度なんて関係ない。だからアタシ達が渡る夢は、勇者サマしかいないの」


 アナタもそうでしょ、とポンセは言う。それなりの私は小さく頷いた。


「さっきまでいたフェデレーヴの王宮にはいないけど、他の担当の子達だっているわ。ただ勇者担当は人間の数がそもそも少ないから少数なの。毎日お茶会を開ける程度にはね。その子達はその子達で集まって暮らしている。王宮にはいないだけ」


「女王様はそんな皆を纏めているの?」


 尋ねればポンセは目を逸らした。口では平気そうにそうねと言うけれど、何かを抱えているのは確かだった。


「女王の自覚があるのか分からないけど。毎日毎日お茶会なんて開いて、味の品評をして、果たしてそれ以外の女王の仕事をしてるかどうか疑問だけれど、一応はね」


「……不満があるのね」


 私が思い切って言ってみれば、ポンセは自嘲的に笑った。燻らせてるだけよ、とポンセは言う。直接言うこともなければ顕にもしない。それならそれで良いと変化のための行動を起こしもしないと。


「アタシと彼女じゃ、考え方が違うの。あれが彼女の女王制度。沢山の働き者が周りにいて自分は巣の外に出ないのが彼女の在り方。だから自分の管理していた夢だって放りっぱなし。でもまぁ、この夢であの子は女王になったんだから気にかけてはいるのよ。自分は来ないだけで」


「この夢で?」


 驚いて訊き返せば、ええ、とポンセは平然と肯定した。女王様の選出は夢で決まるのだろうかと私が首を傾げていると、ポンセは空を仰いだ。森の中だけれどぽかりと開けた場所である此処は、夜空がよく見えた。瞬く星はとてもその下で惨劇が起こったことなど信じられないくらい美しい。でもその空に昇る黒煙は暗闇に紛れていても確かに存在する。それは人の嘆きを含んだ、怨念にも似たものだ。


「この夢がこれで終わるわけないわ。此処に渡った子は誰も彼も壊れて帰って来た。この夢で一体、何を見たんだと思う?」


「壊れて……?」


「口も利けないくらい怯えて帰ってくるの。アタシ達、これからそれを見るのよ。全く同じ夢はないと言われるけれど、管理されなくなって何十年も暴走している夢がどうなるか、アタシだって分からない。むしろよく此処まで体裁を保ってられるものだと思うわ」


 私は混乱した。先ほどの少年が夢の主ではあるだろうけれど、何十年も経って暴走している夢だと言うなら、彼は見た目通りじゃないということになるのだろうか。疑問をぶつけてみればポンセは笑った。


「アナタだって自分の見た夢を覚えてるでしょう? 最初は今より小さかったわよ。気付かれてからは現実と同じくらいになったんでしょうけどね。

 アタシ、アナタのその虎目、嫌いよ。全部見通そうとする。世の中にはね、知らなくて良いことってのがあるのに」


 アナタ、とポンセは真剣な声音で私を呼んだ。


「いつかそれで傷ついても、知らないんだから」


 心配してくれているのだろうか、と思ったけれど確かめる前にポンセは何かに気づいたように真っ白な翅を震わせると私の横を通り過ぎていく。そのままふわりと地面に降り立って、一輪だけ咲く花に顔を寄せた。虹のような色に輝く花は小さく、見落としてしまいそうだ。ポンセはその花弁にそっと手を差し込むと、中から虹色のカケラを取り出した。


「それって」


 私が思わず声をあげると、カケラよ、とポンセは返した。


「夢の花、ちゃんと咲いてるんだわ。どういうことなのかしら」


 ポンセは考えるように難しい表情を浮かべたけれど、私はポンセがそんなに考え込む理由が分からなかった。夢のカケラはどうやら花から採れるらしい、と知って私は感心する。私のカケラも夢の中の何処かで同じように虹色の花が咲いていてその中から採れるのだろう。そして、と私は少し切ない思いを胸に抱えた。


 私もあの少年も、夢の中で涙が出るような思いをしている。カケラは心の涙だと、ポンセが言っていたから。


「カケラの採取はできたわけだけど、これで帰るなんてアナタ、言わなさそうね」


 ポンセに問われ、私は返答に悩む。正直に言えば迷っていた。あまり踏み込んでもどうすることもできないだろうことは予想がつくし、かと言って暴走しているという夢の中に彼を置き去りにして良いとも思えなかったのだ。


「良いわよ。この夢まできたんだし、とことん付き合ってあげる。アナタの担当はアタシだもの」


 思いがけないポンセの言葉に、私は驚きつつもお礼を言った。そうして村に引き返そうとした私の視界が、がくんと揺れた。


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