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13 夢渡りの任命ですが


「さて、それでは早速なのですけど」


 人を二人、夢から覚めさせたばかりなのに疲れなど何もないのか、それとも本当に造作もないことだったのか、女王様はにこりと艶やかに笑んで私へ向き直った。私はひとりきりになってしまった緊張感から背筋を正す。此処から先は私ひとりで切り抜けなければならない。女王様が此処では規律だと言っていたから、彼女の命令なしに攻撃されることはないだろうけれど、反対に機嫌を損ねたら彼女の号令ひとつで私は一斉に襲い掛かられることになるのだろう。背中を嫌な汗が伝っていく感覚がした。


「渡って頂く夢について説明しますわね」


 こちらへ、と女王様は翅を羽搏かせると無防備に背中を向けた。私が何もしないと思っているのか、私には何もできないと思っているのか。いずれにしても脅威ではないと見做されたことに安堵しつつも少し複雑ではあった。何もできないのは事実だったから悔しくはないけれど、私を残すことの利益については考えた方が良いだろう。


 お茶会での元々の女王様の座席に戻り、女王様はその花をあしらった玉座に腰掛けた。蜜色の髪によく似合う黄色の花弁のドレスは細身の彼女の体躯を綺麗に見せている。赤い玉座は華やかさを一層引き立たせ、女王たる存在の絢爛さを主張していた。


「人の座る椅子はないの。ごめんなさいね」


 ちっとも悪びれずに女王様は言うけれど、私だって乱入した身で椅子に座りたいなどと考えてはいない。いいえ、と短く返して私は話の続きを無言で促した。


「あなたに渡って頂く夢はね、とある人の子のものよ。あぁ、もう人はやめたのだったかしら。かつてはとても甘いカケラが採れたのだけど、今はわたくしたちが渡ることさえ難しくなってしまって、眺めることもできませんの。だからあなたには、その夢がどうなっているか見てきて欲しいんですのよ。可能ならカケラも集めてくださいな。あれを含むことでわたくしたちは自分の管理場がどうなっているか判るようになっているんですの」


 女王様は小さなカップを持ち上げた。給仕の少女がすぐに小さなポットからお茶を注ぐ。其処にぽちゃん、と沈められたのはカケラを更に細かく砕いた、私の目には粉に見える大きさのカケラだ。くるくると女王様はカップの中身をかき混ぜて、香りの変化を堪能する。私には分からないけれど、きっと彼女たちには分かるものなのだろう。


「この夢は幼いわね。まだまだ育てることでより良くなるわ。励むようにお伝えなさい」


 女王様の言葉をひとつひとつ書き記して、別の少女がいなくなる。味の品評、()いては夢の評価はそれぞれの担当する少女に伝えられるのだろう。それが女王の仕事なのだろうと察しながら、私の夢も彼女に評価されているのかと思うと少し居心地の悪さを感じた。


「その夢へは、どうやって」


 私はおずおずと口を開いた。ご自身で何とかなさって、と言われるのを覚悟していたけれど女王様は扉はこちらで開きますと丁寧に答えてくれた。私が意外そうに首を傾げると、こちらがお願いしている立場ですのよ、とあまりお願いしているようには聞こえない調子で続ける。


「帰りの扉を開けるためにも必要でしょう。ポンセをお連れなさい。あなたの担当でもありますからね。誰か、此処へポンセを呼んで頂戴」


 あれよあれよと言う間に女王様の中で話が進んで、果たして私にあかんベーをしていなくなったポンセが明らかに不貞腐れた顔をして渋々やってきた。白い蝶の翅は女王様の前ではやはり緊張している様子で、けれど不満を隠そうとはしなかった。菫色のドレスを揺らしてポンセは私を見るとツンとそっぽを向く。どうやらかなり嫌われているようだ。


「良いですね、ポンセ。あなたは彼女をあの夢から連れて帰ってくるのですよ。万が一の時はあなたのみの帰還でも構いませんけれど、ひとりで通り抜ける危険性は重々理解しているわね」


「はい、女王様」


 話を聞いている限りでは夢から夢へ渡る時に何か不都合があるようだと私は思う。誰も渡ることのできない夢なのに、ポンセを連れて行くように女王様は言う。渡ることはできても、無事では済まないのだろうと私は見当をつけた。私であっても無事である保証はないのだけど、捨て駒としてなら惜しくはないと思われているのだろう。けれどその担当であるポンセを連れて行かせるのは心配じゃないのだろうかと私は思う。私が何かするとは思われていないのかもしれないし、穿って見るならいくらでも穿てるのだけど、よく知らない場所で迂闊なことを口走らないためには知りすぎないこともきっと大切だ。


「何か準備が必要? 何かあるならこちらで言付かっておきますけれど」


「……いいえ。すぐに向かいます」


 まるで死地に赴くかのようだと私は内心で呟いた。何も残さない。言葉も、想いも、何も。会えば未練を残してしまうと何処かで知っているかのようで、私は密かに眉根を寄せた。けれど誰にも気づかれない。


「アナタもすぐに出られるわね。行くわよ」


 ポンセは私に一瞥くれると吐き捨てるように言って飛んでいく。私は慌てて彼女の後を追う。数歩行けばすぐに追いついた。


 見事な庭園の端まで行って、ポンセはくるりと振り向いた。中央のお茶会会場から離れた場所で、少し開けた空間が空いている。芝の上には細い鎌で刈り取ったような円陣模様が描かれていて、幻想的な模様に私は思わずじっと眺めた。


「ポンセ、早く」


 女王様のところから此処までついてきた別の少女が口にする。私が逃げないようについてきたと思われる彼女から発せられた気遣わしげな声は少なくともポンセと顔見知り以上の関係があることを推測するに十分だった。


「離れないで。夢から弾き飛ばされるわよ」


 ポンセは憎々しげにも見える顔で言った。私はアオイとそうしたように、ポンセの小さな手に指先で触れる。私が彼女から離れないようにするには彼女を掴まなければならなさそうだから、離れないでと言う希望に沿うのは至難の技だった。


 ふと振り返った先では私の胸くらいまでしかない生垣の向こうで、女王様がじっとこちらを見ているのが見えた。目が合ったとまでは言えない。けれどじっとこちらを向いているのは間違いなかった。きちんと夢を渡りに行くのを見張るかのようで、私の背はぞくりと悪寒に震えた。


「あーあ、バカな人」


 ポンセの声とたったの一歩。それだけで私の目の前の景色はまた、一変していた。



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