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12 女王との取引ですが


 私は目の前の女王様から感じる憎悪に背筋が震えるのを隠した。人はきっと夢の中で彼女たちの存在に気づかない。気付いたとしてこうして乗り込んでくるなら、憎悪のひとつやふたつ、向けたくもなるだろうと私だって思う。


 彼女たちの方が体は遥かに小さくて、いくら数で圧倒しようとしても持っている武器が縫い針のようなものであれば痛みはあっても致命傷にはなりにくい。毒を塗っていたとしても、人に影響を与えられるものであるかどうか。


 それでも私は彼女たちから向けられる想いの強さにたじろいでしまう。明確に悪意持ってやってきたわけでもなければ、傷つける意思もないのに。


「きい、聞いてください。私たち、あなたたちに何かしようと思ってきたわけではないんです」


 私は早口に言った。口を開いただけで針を突っ込まれてしまいそうな剣呑な雰囲気だ。女王様は仕草こそ穏やかに首を傾げてみせるけれど、その目にはまだ敵意が見える。他の少女と同じ黒目だけの目は、見ようによっては複眼のようかもしれない。


「ただ、夢から出る方法を知りたくて」


 本当にそれだけだった。夢がなんなのか、彼女たちがなんなのか、疑問や好奇心は数え切れないほどあるけれど、暴かれたくないと言うなら勿論詮索はしない。


 私の緊張した頬を眺めて女王様は目を細めた。蜜色の髪を揺らしてポンセ、と少女の名を呼ぶ。はい、と蝶の翅を持つ少女が女王様の前に進み出た。白い翅は私と同じで緊張しているように見えた。そんな様子には関係なく、女王様は綺麗に微笑む。


「あなたの管理場でしたね」


「はい」


 声も震えている。私にあかんベーをした時の小生意気さは女王様の前では微塵も見えない。


「先はありそうなのかしら」


「……育て方によっては、と言えましょう」


「土壌は良いのね」


 女王様は考えるように反対側へ首を傾げる向きを変えた。オーティ、と今度は違う少女の名を呼ぶ。はい、と先程アオイを叱った少女が返事をしてセシルの隣に並び出た。蜂の翅は細かく振動し、低い音を立てる。けれど女王と並んでも彼女は似ているのに女王ではないことが感じ取れた。


「あなたの管理場はどうかしら」


「ポンセよりは見込みがあると言えます」


「そう。けれど芽吹くにはどちらも時間やきっかけが必要そうね。アオイ、あなたは」


 女王様がアオイに視線を再度戻した。アオイはびくりと震えるけれど、女王様の問いかけには前に進み出て答えないとならない決まりでもあるのか、私の指からそっと離れる。ポンセやオーティほど近くには行かないけれど、花のドレスの裾を摘んで持ち上げるとお辞儀をした。


「お任せしてもらった時のままなの」


「ふぅん」


 女王様は楽しそうに微笑んだ。こんなにピリピリした空気の中で楽しそうに笑う理由が私には判らない。どの少女も怯えている様子で、楽しそうにしているのは女王様だけだ。けれど下手なことは言えないから私も黙る外ない。


「夢から出る方法、でしたわね」


 女王様は私に視線を向けた。後ろのモーブやセシルのことも視界には入っているのか、それとも私だけを見ているのか彼女の黒目しかない目では判断しかねた。私は掠れる声で返事をし、頷く。


「わたくしなら、この夢から目を覚まさせて差し上げられるわ」


 あなたはそれをお望み? と女王様は微笑む。そんな上手い話、あるわけがないと思いながらも私は頷いた。


「あなたがわたくしのお願いを聞いてくださるなら、後ろのお二方の目を覚まさせて差し上げてもよろしくてよ」


「……っ」


「それはっ」


「ライラ」


 息を呑んだ私にセシルとモーブが思わず声をあげる。けれど、女王様からお黙りなさい、と鋭く、それでいて静かに告げられて二人とも言葉を呑み込んだ。わたくしは彼女に訊いているの、と女王様は笑う。


「殿方の言葉なんて不要でしてよ。此処は本来なら雌だけに許された園なの。少なくともわたくしが此処の女王でいる限りは。ポンセが次の女王になるなら雄は優遇されるけれど、残念ね。フェデレーヴの女王はこのわたくし。此処ではわたくしが規律」


 女王様の笑顔が残忍に歪む。きっとそのお願いは碌なものではないと私でも勘付くけれど、断っても後が怖い。お茶会にお邪魔しようと言ったのは私だ。二人を巻き込んだのも、アオイを窮地に追いやっているのも。


「そのお願いを、先にお聞かせ頂くことはできますか」


 私が内心の恐怖を出さないように喉に力を入れて問えば、ええ、と女王様は頷いた。


「とある夢に渡って、其処で見た出来事を報告して欲しいの。可能ならカケラも集めてくださると嬉しいわ。もうあの夢へは、誰も渡れなくて」


 夢を渡れる人の子なら難しいことなんてないのよ、と女王様は幼子に言い聞かせるように言う。声にも口にもたっぷりと載った、毒を含んだ蜜が体に纏わりつきそうだった。


「そうすれば二人は無傷で返してくれますか」


「勿論」


「分かりました」


「お姉さん……っ」


 セシルの悲鳴のような声が止めようとしたけど私は最後まで言い切った。二人を傷つけるようなものではなかったことに安堵して、私は二人を振り返る。セシルもモーブも、青冷めた表情をしていたけれど、私は笑った。沢山沢山練習した、舞台用の笑顔で。


「ごめんなさい、二人とも。巻き込んでしまって。この機会を逃したら今度は逆に帰れなくなってしまうかも。だからどうか、私を置いて行ってくださいね」


 そんな、とセシルは首を振った。モーブは硬い表情で、すまないと口にしながら俯く。この場所で女王様の言うことを聞かない選択肢は私たちを更に追い詰めることになるだろう。二人ともそれを解っているから頷きたくなくても頷いてくれる。


「きっと何とかなるから。心配しないで」


 私は微笑んでみせる。モーブの悔しそうな表情も、セシルの絶望に満ちた表情も、可能なら抱きしめたい。大丈夫だとその背を撫でてあげたい。そうすることで不安を一時的に紛らわされるのが私だとしても。


「さあさあ、お目覚めなさい、人の子よ。再び就いても此処へは戻って来れないことを、ゆめゆめお忘れなきように」


 歌うように女王様は言い、自分の髪に手を触れるとさらりとなびかせた。蜜色の髪は陽の光を浴びて眩く煌めき、目を焼く光に一瞬目を閉じたその次の瞬間には、私の目の前からセシルとモーブの姿は夢のように掻き消えていたのだった。




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